ドイ・インタノンとドイ・アンカーン――山岳地が証明した“実用モード”
HEV開発ストーリー中編
前例のない短いスケジュールの中で、アセアン特有の厳しい道路環境に真正面から向き合いながら、限られた電力量で“EVのように走る”新しいハイブリッドシステムをどこまで高められるのか。開発チームはデジタル開発と並行して現地走行を重ね、その完成度を磨いていきました。その突破口となったのが、タイ北部の山岳地帯、ドイ・インタノンとドイ・アンカーンです。急勾配と変化の激しい路面が続くこの環境で、『エクスフォースHEV』のドライブモードは実用性を徹底的に試され、磨き上げられていきました。
山頂から届いた“30分チューニング”の指示
日本の開発センターで働く電動パワートレイン開発総括の水井俊文のもとに、突然タイ出張中で全体開発統括の上平真から連絡が入りました。上平は、標高2,565mを誇るタイ最高峰のドイ・インタノン(Doi Inthanon)で、現地実走テストを担っているシャインと評価を行っており、急勾配の坂を登りきり、山頂の駐車場にいました。「山頂で、エンジンを停止したEV走行で静かに走りたい。日本に走行データを送るので、エンジンを停止できるように30分でチューニングしてほしい」と話す上平に、いくつかの質問を投げていた最中に、エンジンがかからなくなるというトラブルも発生。水井を中心とする開発チームは送られてきたデータを即座に解析し、15分後には調整を完了しました。「リアルタイムで日本とタイを結んで作業できるのもデジタル開発の成果ですね」と水井ら開発チームは胸を張ります。
山岳地が試すドライブモードの実力
とりわけ山岳地帯でのドライブモードの開発が印象的だったと水井は語ります。タイやアセアンの道路環境にマッチするクルマをつくるうえで欠かせなかったのが、ドライブモードの最適化です。
事前に開発チームが、岡崎や十勝のテストコース、タイの山岳路をイメージした箱根で、ドライブモードの制御をつくり上げてはいましたが、やはり現地走行が最後の仕上げとなるため、タイの道路事情を熟知したシャインの存在は欠かせませんでした。シャインは「タイの道路は本当に変化しやすい」と語り、舗装から砂利、乾いた路面から泥路へと数分で姿を変えるタイ固有の環境で、ドライブモードの実用性を突き詰めるべきだと強調していました。
その舞台となったのが、ドイ・インタノンと、急勾配と長いワインディングが続く山岳地帯、ドイ・アンカーン(Doi Ang Khang)での走行試験です。シャインたち現地スタッフが、「HEVが最も厳しく試されるコース」として推奨した場所でした。この過酷な環境で、ドライブモードの制御技術を徹底的に磨いていきました。
山岳地で見えた“本当に使えるドライブモード”
『エクスフォースHEV』には NORMAL、TARMAC、WET、MUD、GRAVEL の5つのドライブモードを設定しています。しかし、名称が違うだけでは意味がありません。開発チームがこだわったのは、様々な道路環境に合わせてクルマの動きそのものを切り替えて、誰でもる安心・安全に走れることでした。
「山岳地帯を走りながら“TARMACモード*¹で走るのが楽しいね”と話していたところ、突然、道路が砂利道になりました。舗装工事のため、アスファルトが全部剥がされていたのです。しかもその区間が長く続く。ふと思ったのが、“ここで大雨が来たら一気に泥状になって滑るよな”ということなんです。怖くなりましたが、タイでは当たり前に起こることです」と水井は語ります。「WETモード*²やGRAVELモード*³で走行しました。日本のテストコースで助手席に座っていると“こんなものかな ”と感じていましたが、過酷なタイの路面でも滑らない!タイの山岳地帯で精魂こめてつくりあげたからこそ圧倒的な安定性を実現していました」と続けます。「これは確かにお客様の安心につながる」と確信を持てた瞬間でした。
こうした現地での“体感”が即座に制御開発へフィードバックされ、『エクスフォースHEV』のドライブモードは実際に役立つ走行支援として磨き込まれていったのです。
*¹ TARMACモード:舗装路での走行性能を最大にするためのドライブモード
*² WETモード:雨天時など、濡れて滑りやすい舗装路での走行に適したモード
*³ GRAVELモード:砂利道などの未舗装路での走行を想定したモード
ドライブモードの真価は“安全性能”
上平はドライブモードの真価は安全性能にあると強調します。
「ドライブモードの走行性能面に着目されますが、滑りやすい路面においては、走破性の前に止める側のブレーキ制御が重要になります。当社のハイブリッドはモーター走行を基本としていますが、モーターは制御応答が桁違いに速く、大幅な安全性の向上に直結するのです」
例えばタイヤが滑ったとしても、エンジン駆動車に比べてモーターならわずか1/3以下の時間で反応・収束させることができ、時速50kmでは“十数メートル”もの違いになるというデータもあるという。「運転が得意な人にもそうでない人にも、グリップが回復するまでの時間がこれだけ短くなるこの差はとてつもなく大きい」と続けます
岡崎・十勝・タイの山岳地で熟成されたドライブモード
前輪駆動ながら走破性とブレーキ性能をつきつめ、不整路走行を可能としたクルマづくりとドライブモード。「四輪駆動の礎を築いた先輩から『前輪駆動でここまで走れたら四輪駆動の立場がないじゃないか』と冗談まじりに怒られました」と上平は笑います。
こうして仕上がったドライブモードは、単なる“名称違いのモード”ではありません。舗装路から砂利、泥へと日々大きく姿を変えるタイの道を安心して走り抜けるための実用的なツールとして、HEVの走りを支える存在となりました。アセアンの過酷な道路環境で磨かれたこの思想は、三菱自動車の電動車開発を次の段階へと押し上げていきます。
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【上平真】
HEV/PHEV開発統括として開発をリード。過去に担当した車両は「アウトランダーPHEV」「エクリプスクロスPHEV」「エクスパンダーHEV」「エクスフォースHEV」「ランサーエボリューションⅩ」等
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【水井俊文】
車両の走行システム開発を担当。タイ一般道での品質確認試験をとりまとめ、HEVシステムの信頼性を実際の走行データに基づいて立証。
また、MMTh営業部門への技術説明やメディア向け試乗会の技術フォローなど部門間の橋渡し役も担う。
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【タニソーン・シンパッタナコーン(愛称シャイン)】
車両の動的性能の評価を担当。開発初期よりタイの走行環境や市場要望をフィードバックした。
また、タイ一般道での品質確認試験や発表後のメディアへの商品アピール活動も担当。
2026年6月
新世代の電動車開発物語
