新世代の電動車開発物語

デジタル開発と現地走行が切り拓いた新しいハイブリッド車の姿
HEV開発ストーリー前編

増岡浩と振り返る『パジェロ』 の歴史Part4 増岡浩と振り返る『パジェロ』 の歴史Part4

三菱自動車は、量産型電気自動車(EV)『アイ・ミーブ』や『アウトランダーPHEV』などのプラグインハイブリッドEV(PHEV)の開発を通じて、電動走行を中心に据えた独自の技術と思想を積み重ねてきました。こうした電動化の系譜をより幅広い市場へ広げるべく、三菱自動車はアセアン地域でのハイブリッド車(HEV)投入に本格的に挑み始めました。その先陣となったのが、2024年にタイで発売された『エクスパンダーHEV』です。翌2025年には『エクスフォースHEV』の投入も控え、その間に『アウトランダーPHEV』の大幅改良も進行していたため、電動車開発チームはこれまでにない密度とスピードで次世代技術に向き合うことになりました。

小さなバッテリーで“EVらしさ”を実現するという壁

外部充電を前提とするPHEVがEVに近い大容量バッテリーを搭載しているのに対して、外部充電をしないHEVには容量がかなり小さい駆動用バッテリーしか搭載されていません。そこで最大の課題となったのが、限られたバッテリー容量の中で、EVやPHEVで培ってきた“EVらしい走り”をどこまで再現できるかという点でした。
PHEVでの成功体験のある社員は、開発当初「PHEVの電池を小さくするだけ」「PHEVにもハイブリッドモードがあるから簡単だ」と捉えていました。ただ、その予想はすぐに覆されました。初代『アウトランダーPHEV』や『エクリプスクロスPHEV』を手がけ、最新の2025年型『アウトランダーPHEV』で開発統括を務めた上平真は、今回のHEVプロジェクトについて「想像以上の高い壁があった」と振り返ります。
開発初期からコンピューター解析でHEVとして成立する要件一つ一つの確認を進めていくと、HEVはPHEVとは根本的に異なる難しさを抱える領域であることが明らかになったのです。

三菱自動車初の本格的ハイブリッドとなった『エクスパンダーHEV』

PHEVは大容量バッテリーのおかげで“EVらしい走り”を保つ余裕がありましたが、電池容量が20分の1のHEVでは、エンジンを稼働させる場面がどうしても増えますえてしまいます。その中で、EVのように滑らかで力強く、レスポンスの良い走りを成立させるのは本当に難しい。だからこそ、世の中には“EVのように走るHEV”が存在していないのだと痛感しました」
世界市場で高く評価されてきた『アウトランダーPHEV』の技術を活かしつつも、PHEVの延長線上で開発していてるだけでは、三菱自動車がイメージするHEVがは世に出せないのです。さらに、アセアン、とりわけタイ市場は日本とはまったく異なる道路環境を有しています。都市部のメイン通りではほぼ整備された路面が多いものの、所々にあるコンクリート路面は少しの雨でもスリップしやすく、スコールが降れば舗装路は瞬く間に冠水してしまいます。郊外へ一歩出れば工事中の未舗装路が随所にあり、突然のスコールによってあっという間にダート路は泥道へと変わり、タイヤが簡単にスリップしてしまう。過酷な道路環境でも車両が壊れることなく安全・安心に走行でき、しかもEVのような滑らかな走りを両立させることは困難を極めました。
限られた時間の中で、EVのような滑らかな走りと、アセアン特有の過酷な道路環境に対応できる実用性や耐久性を両立させるには、従来のやり方だけでは到底たどり着けない――そう判断した上平が、最短で答えにたどり着くために示した電動車開発改革の方向性は明確でした。ひとつはデジタル開発を強力に推進すること、もうひとつはアセアンで販売する以上、現場・現物による確認を行うため、タイのお客様をよく知り道路事情を知り尽くしたタイの開発チームとの本格的な連携体制の構築です。

データと実走を行き来しながら磨かれた性能

この電動車開発改革において重要な役割を担ったのが、EV・パワートレイン先行開発部で電動パワートレイン全体を統括した水井俊文と、MMTh(Mitsubishi Motors (Thailand) Co., Ltd.)で実走テストを担ったタニソーン・シンパッタナコーン(愛称シャイン)です。
水井はHEV特有の開発の難しさについて次のように語っています。
「競合他社のHEVは“エンジン車であること”を起点にしていますが、三菱自動車の電動車である以上、“EVらしさ”を訴求しなければなりません。走行中にエンジンが稼働したとしても、ドライバーにそれを感じさせないことがとても重要でした。エンジンをいつ始動させるか、どの程度の速度で回転数を立ち上げるか、その一つひとつが走りの質に直接影響するため、細かな調整を重ねる必要がありました。最適なバランスにたどり着くには、膨大な回数の試行が避けられない。だからこそ、シミュレーション技術を磨き続けるしかなかったのです」

シミュレーションによって最適化された試験車両を実路でテスト

水井のシミュレーションによって最適化された試験車両を、タイの実路で10万km以上走り続けたのがシャインです。彼は自分たちがタイで育ち、交通環境や運転の感覚をタイ人ならではの視点で伝えることを大切にしたと話します。
「日本側からすれば疑問に思う部分があったはずですが、それでも私たちの声に真剣に耳を傾け、開発方針や制御内容にしっかり反映してくれました。その姿勢に心から感謝しています」
当初、日本側にはタイからの指摘に対して“本当にそうなのか”という空気もありましたが、実際の走行データと照合すると、シャインたちのフィードバックは驚くほど正確で、開発方針を左右する重要な根拠となるものばかりでした。

  • 日本でシミュレーションする水井

  • 現地の実路でテストするシャイン

10万km以上の実走行データは日々日本へ送られ、水井によって解析されていきます。しかし、その膨大なデータをすべて手作業で確認することは現実的ではありません。そこで解析ツールそのものを新たに開発しました。この仕組みによって、現地で「何が起きたのか」を数時間以内に把握できるようになり、日本ではそのデータをもとに開発チームが即座に議論を開始します。必要な対策を講じてソフトウェアを書き換え、再びシャインがタイの実路で検証する——この高速ループが絶え間なく回り続けました。
こうして、水井が解析したビッグデータと、シャインがタイの実路で蓄積した実走データを組み合わせたHEVシステム信頼性試験が構築され、タイの過酷な道路環境をEVのように滑らかに走るHEVの実現に大きく近づきました。

  • 【上平真】
    HEV/PHEV開発統括として開発をリード。過去に担当した車両は「アウトランダーPHEV」「エクリプスクロスPHEV」「エクスパンダーHEV」「エクスフォースHEV」「ランサーエボリューションⅩ」等

  • 【水井俊文】
    車両の走行システム開発を担当。タイ一般道での品質確認試験をとりまとめ、HEVシステムの信頼性を実際の走行データに基づいて立証。
    また、MMTh営業部門への技術説明やメディア向け試乗会の技術フォローなど部門間の橋渡し役も担う。

  • 【タニソーン・シンパッタナコーン(愛称シャイン)】
    車両の動的性能の評価を担当。開発初期よりタイの走行環境や市場要望をフィードバックした。
    また、タイ一般道での品質確認試験やメディアへの商品アピール活動も担当。

2026年5月

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