増岡浩と振り返る『パジェロ』 の歴史Part4

『パジェロ』の思想と未来への問い

増岡浩と振り返る『パジェロ』 の歴史Part4 増岡浩と振り返る『パジェロ』 の歴史Part4

増岡浩が『パジェロ』を語るとき、その言葉は一つの立場から発せられているわけではありません。そこには、三つの経験が重なっています。
砂漠を時速200キロで走り抜けたドライバーとしての記憶。
岡崎のテストコースで開発陣とともに細部を詰めてきた当事者としての責任。
そして初代から歴代すべての『パジェロ』をプライベートで乗り続けてきた一人のユーザーとしての実感。
その三つが一人の中で交差しているからこそ、増岡の証言は単なる競技の回顧にはとどまりません。
「三菱車はどれも好きですが、やはり『パジェロ』は特別です。自分にとって最も近しい存在かもしれません」
誇張はありません。でも、その言葉には長い時間をともにしてきた重みがありました。

「地球一周レース」という比喩

増岡は『パジェロ』の本質を語るとき、一つの比喩を用います。
「もし地球一周レースがあったら、いちばん速いのは『パジェロ』かもしれません。道を選ばないということです。砂漠でも、高速道路でも、雪でも、雨でも——常に同じように走れる。それが理想でした」
ラリーの世界では、特定の条件に特化した車両が有利になることがあります。しかし『パジェロ』が目指してきたのは、どんな路面でも一定の力を発揮することでした。極端な状況に偏ることなく、どこへ行っても破綻しない一台であること。
その発想は、競技の世界にとどまりません。近年、集中豪雨による水害や記録的な降雪が相次いでいます。いつもの通勤路が突如として河川のようになり、生活圏の中にラリーに似た過酷な状況が出現することがあります。
「自然は容赦しません。ラリーでは覚悟して走りますが、日常ではそうはいきません。だからこそ、どんな状況でも動けるクルマが必要なんです」

ダカールラリーで初優勝した三代目『パジェロ』と共に、三菱オートギャラリーにて

ドライバー・開発者・ユーザーという三つの視線

三つの視線は、それぞれ異なる問いを持っています。
ドライバーとしての増岡が問い続けたのは、限界状況での信頼性です。砂漠で200km/hを超えるとき、大きなジャンプの着地で車体が何に耐えなければならないか。その感覚を競技の現場から開発陣へと持ち込みました。
開発者としての視線は、その問いを逆方向へ転換します。プロが限界で感じた強さを、初心者でも安心して扱える水準まで落とし込めるか。
「プロが満足するだけでは意味がありません。初心者でも安心して扱える。そのバランスを探ってきました」
視界の良さ、取り回しの容易さ、疲れにくいシート。派手な性能ではなく、積み重ねられた配慮こそが市販車の信頼を形成します。
「大切な人の命を、どのクルマに任せられるのか。開発に関わるとき、常にそこを考えていました」
そしてユーザーとしての視線が、この二つを日常の尺度で検証します。一般道での車体の見切りは良いか、メーターは見やすいか、スイッチの操作性に問題はないかなど細かい部位に及びます。また、増岡は常に牽引ロープを車に積んでいるといいます。困っている人がいれば助けられるように。競技でも開発でもなく、普通の道で、普通の人のために力を発揮できるか。その三つの視線による厳しい検証が『パジェロ』というクルマに凝縮されています。

時代の変化と変わらない軸

時代は変わりました。環境性能向上のための何かしらの電動化は、もはや避けて通れない要請です。
「もし『パジェロ』がPHEVになれば、大きな車体で静かに優雅にクルージングできるでしょう。それも『パジェロ』の進化の一つだと思います」
構造についての議論も続いています。
「ラダーフレームか、モノコックか——どちらが優れているかではなく、何を目指すかです。今のラダーフレームは昔とは違います。素材も加工精度も大きく進化している」
いずれの選択についても、増岡は決して軸がぶれているとは見ていません。重要なのは形式ではなく、思想の継承であると言います。
「どんな路面でも、安心して目的地にたどり着け、最後はきちんと帰り着ける。その思想がなければ『パジェロ』ではありません」

未来の『パジェロ』へ

『パジェロエボリューション』をラリーの最前線に持ち込んだ増岡が今思い描くのは、穏やかな風景です。
「新しい『パジェロ』があれば、アフリカをゆっくり走ってみたいですね。エアコンの効いたクルマで、サハラをのんびりと。レースではなく、旅として」
速さではなく、余裕。
勝利ではなく、安心。
増岡は『パジェロ』に「王者」であってほしいと語ります。
ただしそれは、強さを誇示する王者ではありません。世界一周レースがあれば勝つかもしれない。けれど本当に問われてきたのは、どこへ行っても、どんな状況でも、その力を誰もが扱える一台であり、そして安全で家族を守れるパートナーであるかどうかでした。『パジェロ』の強さは、誇るためではなく、ドライバーから託されるためにあるのです。

  • 【増岡 浩】
    チーム三菱ラリーアート総監督
    世界一過酷なダカールラリーに、三菱自動車のワークスドライバーとしてパジェロとともに参戦し、2002年、2003年に総合優勝、日本人初の総合2連覇を成し遂げた。
    現在はその実戦で培った知見を活かし、新型車の開発・総合評価に深く携わるとともに、テストドライバーの育成にも注力。
    また、チーム三菱ラリーアートの総監督としてアジアクロスカントリーラリーに参戦。アセアンで最も過酷とされる同ラリーで2022年、2025年の総合優勝へと導いた。

関連記事

【増岡浩と振り返る『パジェロ』の歴史】

2026年5月

  • facebook(別ウィンドウで開く)
  • X(別ウィンドウで開く)
  • line(別ウィンドウで開く)