PART3 三代目・四代目『パジェロ』――構造の転換と思想の深化
『パジェロ』は、強さを積み重ねながら進化してきました。ところが三代目で突きつけられたのは、パワーでも装備でもありません。
より安定し、より安全にするために、骨格を変えるのか。それとも、ラダーフレームを守るのか。
『パジェロ』の歴史で初めて、構造そのものが議論の中心に置かれました。
初めてモノコックボディを採用した三代目『パジェロ』
プロトタイプ並みの剛性を市販車に
それまで『パジェロ』が堅守してきたのはラダーフレーム構造です。悪路を走り切るための骨格であり、四輪駆動の象徴でもあったその構造に手を入れることは、『パジェロ』の歴史の否定とも受け取られかねない。
「モノコックにするかどうかで、会社が二つに割れるほど議論になりました」
増岡浩は、その議論の渦中にいました。モノコックにすればボディ剛性が向上し低重心化、高速安定性と衝突安全性が改善される可能性がある。しかし一方で、ダメージを負った際の現地での修復は対応できるのか、ウインチの装着はどう対処するのか、岩場での耐久性は本当に保証できるのか。ラリーの現場で戦ってきた立場だからこそ、その懸念は小さくありませんでした。
増岡自身は「チャレンジすべきではないか」と考えていたといいます。時代はより高速で安定した走りを求めており、ラリーの観点からもモノコックのほうが有利であるという判断がありました。
自身のダカールラリー初優勝は三代目『パジェロ』
三代目『パジェロ』は、フレームを内蔵したビルトインフレームのモノコック構造へと進化します。ねじり剛性を大幅に高めながら、衝突安全性と操縦安定性を向上させる設計です。四輪独立懸架サスペンションの採用も、高速域での安定性を一段と引き上げました。
「走らせると分かる。安心感がまったく違うんです」
かつて、ダカールラリーを走っていたプロトタイプ車両はパイプフレーム構造でした。市販車はその剛性値に近づけることを目標に設定されました。
「ダカールラリーで耐えられる剛性があれば、他の条件では十分持つだろうという考え方でした。ただ市販車でそこまでやるのか、というレベルでしたね」
三代目『パジェロ』はダカールラリーで抜群の完成度を示します。増岡自身の初優勝も三代目によるものでした。
「非常に乗りやすく、速いクルマでした。最初はモノコックへの不安はありましたが、実戦で走れば答えは出る。そこで証明できたことは大きかった」
電子制御の導入と「味付け」の追求
三代目では電子制御技術も本格的に導入されます。スーパーセレクト4WDは、アクチュエーターによる電動切り替えを実現し、従来は前:50%、後:50%だった前後トルク配分を前:33%、後:67%にすることでより旋回性を向上させたスーパーセレクト4WD-Ⅱへの進化に加え安定制御との統合が進みました。北海道のテストコースや積雪路での評価を繰り返し、最適なバランスを模索しました。
スーパーセレクト4WD-Ⅱと最適化されたINVECS-ⅡスポーツモードA/Tを搭載
市販車においては、初心者から熟練者まで幅広い層を対象にしなければなりません。増岡は実際の走行感覚と目視による判断をもとに「ここまでは許容範囲」という基準を見極めながら開発に関わりました。
「市販車は、いろいろなドライバーが乗ります。初心者もいればベテランもいる。その全員が安心して目的地にたどり着け、そして無事に帰り着けることが前提です」
4WDランドと「体感」による信頼の構築
この時代を象徴する取り組みが「4WDランド」でした。全国の有力販売会社の敷地に人工オフロードコースを設け、顧客が実際に運転を体験できる環境を整えたのです。増岡はコース設計にも携わり、現地を視察して図面を描きました。
「実際に走ってもらうと、安心感が伝わる。言葉よりも体感のほうが早いんです」
三代目は、強さの象徴であった『パジェロ』を、誰でもどんな路面でも安心して走れる存在へと引き上げたのです。構造・サスペンション・電子制御を組み合わせることで、悪路性能と高速安定性の同時成立を実現した世代です。それは単なる性能向上ではなく、思想の深化でもありました。
「過剰なまでの開発と言われるかもしれません。でも三菱自動車の四駆は、途中で止まって不安にさせてはいけない。安心して目的地までたどり着けるクルマでなければならない。その考えは変わっていません」
十勝4WDランドで新型『パジェロ」の試乗会
四代目——70%を作り直した「完成形」
2006年に登場した四代目『パジェロ』は、外観こそ前世代からの連続性を保っていましたが、実態は構造の約70%を見直した実質的な全面再設計でした。サスペンションの取り付けポイント、リヤのジオメトリー、溶接方法、部品の形状と材料に至るまで、全面的な精査が行われています。
「特にサスペンションは、ほとんどつくり直したと言っていい。特に注力したのがリヤのサスペンション。安定性を決めるのはリヤですから」
SUVはサスペンションストロークが大きく、オンロードとオフロードの両立が構造的に難しいカテゴリーです。舗装路での快適性を重視すれば悪路での余裕が損なわれ、悪路性能を優先すれば日常の扱いやすさに影響が出る。そのせめぎ合いの中で、四代目はバランスを徹底的に磨き込みました。
「単に硬くするわけではありません。どうすれば疲れないか、どうすれば安定するか。そこを突き詰めました」
四代目『パジェロ』
スーパーセレクト4WD- IIもさらなる熟成が進み電子制御は主張を抑え、ドライバーの操作を妨げることなく自然なかたちで安定を支える存在です。
「制御が前に出すぎると違和感がある。あくまで自然であること。それが理想でした」
四代目は性能を誇示するモデルではありません。見えない部分を徹底的に変え、積み重ねによって完成度を高めた世代です。
「外からは分かりにくいかもしれません。でも中身は大きく変わっている。三菱自動車はそういうやり方が多いんです」
悪路での強さ、高速域での安定性、長距離移動での快適性。そのすべてを一台で成立させるという課題に、四代目は静かに答えを示しました。
「ここまで来ると、ひとつの完成形に近づいたと感じました。ただ、完成したから終わりではない。時代が変われば、また求められるものも変わります」
『パジェロ』は初代で"走れる四駆"を確立し、二代目で"操れる四駆"へと深め、三代目で構造と制御を統合し、4代目においてその思想をひとつの到達点へまとめ上げました。強さを、特別なものにしない——その信念を、世代を超えて磨き続けた。『パジェロ』の進化はその軌跡でした。
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【増岡 浩】
チーム三菱ラリーアート総監督
世界一過酷なダカールラリーに、三菱自動車のワークスドライバーとしてパジェロとともに参戦し、2002年、2003年に総合優勝、日本人初の総合2連覇を成し遂げた。
現在はその実戦で培った知見を活かし、新型車の開発・総合評価に深く携わるとともに、テストドライバーの育成にも注力。
また、チーム三菱ラリーアートの総監督としてアジアクロスカントリーラリーに参戦。アセアンで最も過酷とされる同ラリーで2022年、2025年の総合優勝へと導いた。
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