増岡浩と振り返る歴代『パジェロ』

増岡浩と振り返る歴代『パジェロ』 増岡浩と振り返る歴代『パジェロ』

世界でも屈指の過酷さを誇るダカールラリーで、『パジェロ』は12回の総合優勝を重ねてきました。
しかし、その強さを特別なものにしないという思想こそが、『パジェロ』というクルマの出発点でした。
ラリーという極限の環境で磨かれた技術を、一部のプロフェッショナルだけのものにとどめない。それを日常の移動へと還元する――。四輪駆動の常識が書き換えられようとしていた時代に、『パジェロ』は静かに、しかし確実に、その問いへの答えを積み上げていきます。
その最前線に立っていたのが、ダカール・ラリーで日本人初の総合2連覇を成し遂げた増岡浩でした。彼はいまも、初代『パジェロ』に初めて触れた瞬間を正確に覚えています。驚いたのは、決して速さだけではありませんでした。

プロの道具として圧倒的な悪路走破性を持った『三菱ジープ』

1982年の富士スピードウェイ、『パジェロ』との出合い

増岡は当時富士スピードウェイに併設されていたオフロードコースで市販前の初代『パジェロ』を試乗しました。当時のオフロードレースで乗っていたのは、トップを争える『三菱ジープJ58』です。同じコース、同じ日、同じ条件で乗り比べた結果は明白でした。
「『三菱ジープ』のタイムを『パジェロ』はあっさりと抜きました。圧倒的に速かった。でも記憶に残っているのは速さそのものではありませんでした。悪路なのに、思った通りに動く。ハンドルを切れば、きちんと向きを変える。怖さがなかった。扱いやすいという点が、何より強く印象に残っています」
1980年代初頭、四輪駆動車は依然として「作業用またはプロフェッショナルユースのヘビーデューティーな車両」という位置づけのクルマでした。悪路での強さは疑いようがない一方、高速道路では重さや操縦の煩雑さが表面化する。用途が明確に限定された存在だったのです。

初代『パジェロ』と増岡浩

しかし、高速道路網の整備が進んだ80年代は、四輪駆動車にもオンロードでの扱いやすさと快適性が求められ始めた転換期でもありました。三菱自動車は『パジェロ』でその要請に正面から応えようとしていました。多くのオフロード車が採用していた本格的なラダーフレーム構造を維持し、堅牢性を追求する一方で、フロントにダブルウィッシュボーン式独立懸架を採用し、オンロードでの操縦安定性をも確保。サスペンションシートを採用するなど快適性も向上させました。当時の競合車が排気量4リッターを超える大型エンジンを搭載し、車体も重大なものが主流だった中、『パジェロ』は2.3Lディーゼルエンジンと2.0Lガソリンエンジンを搭載し、燃費と経済性でも時代の要求に応えていました。
「四駆は我慢して乗るもの、という感覚がどこかにありました。でも『パジェロ』は違った。誰が乗っても、ちゃんと扱える。そこが新しかったと思います」
ラリーという極限の場で鍛えられた技術が、特別な誰かのためではなく、家族が日常的に使える一台へと凝縮されていく。その最初の手応えを、増岡は富士のコースで感じ取っていました。

『パジェロ』で国内オフロードレースに参戦していた増岡浩

ダカールラリーがもたらした世界的評価

実は初代『パジェロ』は、登場当初から「本格クロカン」として受け取られていたわけではありませんでした。前後リジッド式の重厚なプロフェッショナル車両と比べると、乗用車の快適性を備えた『パジェロ』はどこか「軟派」に映る部分があった。その評価を走りで覆す場として、ダカールラリーへの挑戦がありました。
1983年、『パジェロ』はダカールラリーの無改造クラスで優勝を果たします。翌1984年には改造クラス優勝、そして1985年には総合優勝へ。発売からわずか数年での到達でした。
「東洋のメーカーがダカールラリーで勝つ。それは大きなインパクトだったと思います。でも私たちの感覚では、"やっと証明できた"という気持ちのほうが強かった」
「『パジェロ』に乗れば勝てる」という評価が広まり、プライベートチームの参戦も急増しました。1980年代後半のダカールラリーには約300台が参戦し、そのうち三菱車がプライベートを含め約50台を占めるまでになります。
その影響は、競技の世界にとどまりませんでした。スキーやキャンプがごく普通の週末の選択肢になり、雪道や未舗装路を気軽に走れる一台として、『パジェロ』は家族連れや女性ユーザーにも広がっていきます。四輪駆動が一部の愛好家だけのものではなくなった時代——その変化の中心に『パジェロ』がいました。ラリーで証明された本物の強さが、日常の安心へと姿を変えていったのです。

1985年ダカールラリー総合優勝を果たした『パジェロ』

  • 【増岡 浩】
    チーム三菱ラリーアート総監督
    世界一過酷なモータースポーツ「ダカールラリー」において、2002年・2003年総合優勝。
    現在は主に国内外での試乗会や広報イベント活動の業務を担当、また社内テストドライバーの育成や新型車両・コンポーネンツの開発・総合評価を行っている。
    また、AXCRへ参戦する「チーム三菱ラリーアート」総監督に就任。2022年・2025年総合優勝のチームを率いる。

2026年4月

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