パジェロ物語-開発編 前編
四輪駆動車を、一部のプロフェッショナルのためのクルマから、誰もが安心して操れるクルマへ。その挑戦から生まれた『パジェロ』は、時代とともに大きく姿を変えてきました。その中で、開発陣が守り続けてきたものがあります。それは、本格的なオフロード性能を土台に、安全に、快適に走り、どんな道へ踏み込んでも「必ず帰ってこられるクルマ」であること。初代から4代目まで開発に携わった技術者たちの言葉をたどると、時代を超えて受け継がれてきた『パジェロ』の開発思想が見えてきます。
「走れる四駆」から「誰もが操れる四駆」へ
四輪駆動車はかつて、限られた人のためのクルマでした。『パジェロ』の物語は、『ジープ』から始まります。
当時、三菱自動車はアメリカのウイリス・オーバーランド社との契約に基づき、三菱ブランドの『ジープ』を国内で生産を開始。主なユーザーは自衛隊や電力会社、河川管理など、厳しい環境でクルマを使う人たちです。悪路を走り、重い荷物を運び、時には人命を救う。高い走破性と耐久性を備える一方で、一般道での乗り心地は硬く、誰もが気軽に扱えるクルマとは言えませんでした。
1982年に誕生した『パジェロ』は、そんな四輪駆動車の常識を変えた一台でした。三菱自動車が長年培ってきた『ジープ』の生産技術や経験を受け継ぎながら、本格的な走破性と、一般の人が日常的に使える扱いやすさを両立させたのです。
「『ジープ』は他社とのライセンス契約に基づき、三菱ブランドとして生産していましたが、国内でしか販売できず、自由に改良もできませんでした。『自分たちのオリジナルモデルを持ちたい』という思いが、一つの出発点でした」。そう話すのは、長年『パジェロ』の開発に携わった西岡芳樹です。
もう一つ、開発へ向かう大きなきっかけがありました。
「当時の幹部が非常に洞察力のある方で、アメリカでSUVが多く走っているのを見て、『日本でもこういうクルマが必要になる』と考えたようです。当初は会社として正式に開発していたわけではなかったのですが、途中から本格的なプロジェクトになりました」
一般の人でも扱える三菱自動車のオリジナルモデルを目指した
高い悪路走破性を持ちながら、一般の人も日常的に使える四輪駆動車をつくる。それは、新しい市場を切り拓くということで、決して簡単な挑戦ではありませんでした。悪路では世界トップクラスの性能を発揮する『ジープ』は、その強さゆえに、一般道では「扱いにくいクルマ」でもあったからです。
「『ジープ』はフレームにボディを載せて、前後ともリーフサスペンションのリジッドアクスルで、本当にまっすぐ走らないクルマでした。そうしたクルマの運転は、常にハンドルを修正しなければならないので本当に疲れます。しかもパワーアシストがないので、ハンドルもものすごく重い。」
悪路を走るためには理にかなった構造でも、一般道では運転する人に緊張を強いる。そこで初代『パジェロ』が採用したのが、フロントの独立懸架式サスペンションです。左右独立して動かせる独立懸架であれば路面からの振動を抑えて乗り心地を良くできるのに加えて、舗装路での直進性やハンドリングを改善できます。ただし、四輪駆動車にとって、悪路でもタイヤがしっかり接地し続けることは生命線。舗装路での操縦安定性や乗り心地を良くしても、悪路で性能が落ちてしまえば『パジェロ』をつくる意味がありません。独立懸架は悪路での走破性や耐久性に課題があると言われていました。
「そのためにトーションバースプリングを採用して、十分なサスペンションストロークを確保。独立懸架に対する不安を、一つひとつ技術で解決していきました」
こうして初代『パジェロ』は、『ジープ』にはなかった直進安定性と操縦性を手に入れました。そして次に取り組んだのが、乗り心地と悪路走破性の両立です。
「リーフスプリングのリジッドアクスル式サスペンションは、ストロークも取れるし耐久性もあるし、オフロードでは本当に優れたシステムです。ただ板バネ同士が擦れるので初期の動きがどうしても硬く、跳ねやすい。そこで初代の後期からリヤを3リンク式のコイルサスペンションにして、さらにロアアームは鍛造にするなど強度もしっかり確保しました。オフロード性能も、強度も、乗り心地も全部両立しようという考えでした」
どちらかを得るために、どちらかを諦めるのではない。『パジェロ』の開発では、本格的な四輪駆動車として譲れない性能を守ったうえで、一般のユーザーが安心して使うための性能を積み重ねていきました。
フロント独立懸架、リヤ3リンク式コイルサスペンションとなった初代『パジェロ』の後期型
『パジェロ』をはじめ数々の三菱車を評価してきた布野洋も、当時の開発資料を見返しながら、初代から一貫していた考え方をこう説明します。
「初代も2代目も、開発の狙いを見ると必ず『オフロード性能』が上位に出てくるんです。だから、そこは絶対に捨てない。その上でオンロード性能や快適性、安全性を高めていく。そういう考え方のようでした」
その思想をさらに大きく前進させたのが、2代目『パジェロ』で採用された世界初の「スーパーセレクト4WD」です。街中では後輪駆動の乗用車のような乗り味で走り、高速道路や滑りやすい路面では四輪駆動の安定性を生かし、さらに厳しい悪路へ入れば本格四輪駆動車としての能力を発揮する。西岡は、スーパーセレクト4WDを「四輪駆動車の間口を広げた技術だった」と振り返ります。
悪路を走り切る力を、限られた人だけのものにしない。その力を損なうことなく、より多くの人が安心して使えるものにしていく。『ジープ』から受け継いだ技術を出発点に、その難題に挑み続けたことが、『パジェロ』という四輪駆動車の原点になりました。
悪路走破性を落とさずオンロード性能や快適性、安全性を高めていく思想を
大幅にレベルアップした2代目『パジェロ』
「壊れない」ではなく、「帰ってこられる」クルマを目指して
『パジェロ』には、開発陣が受け継いできた思いがあります。過酷な環境で使われることを想定した四輪駆動車では、耐久性を高めるだけでなく、万一トラブルが起きても走行不能に陥らないことまで考える必要があります。
西岡は、先輩たちから教えられた言葉を今も覚えています。
「例えばトランスファーが壊れるなら、四輪駆動側で固着して壊れるようにしろ、と教えられました。走れなくなる壊れ方ではなく、壊れても帰ってこられる壊れ方にしろ、ということです」
故障しないことだけを考えるのではなく、その先まで考える。予期せぬことが起きた時にも、乗っている人を無事に帰すことができるか。そうした発想は、駆動系のような大きな機構だけでなく、一見すると四輪駆動車の本質とは関係がないように思える装備にも表れていました。
「電動ドアミラーが出始めた頃、『パジェロ』は電動格納式を採用しました。『便利だから』ではなく、オフロードへ行った時に枝へ引っ掛からないようにするためでした。先輩たちは、そういう発想で装備を決めていたんです」
過酷な環境で装備がどんな意味を持つのか。西岡が先輩たちから受け継いだのは、個々の技術だけではなく、クルマの使われ方を徹底して考える姿勢でした。
「何があっても動く。何があっても帰ってこられる。それがずっと受け継がれてきたフィロソフィーなんだと思います」
初代から『パジェロ』が追い求めてきたのは、悪路を走破するための性能だけではありません。その先にいる人を、無事に目的地へ運び、そして帰すこと。そのために耐久性を鍛え、操縦安定性を高め、必要な技術を一つひとつ積み重ねてきました。
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【西岡 芳樹】
2代目『パジェロ』の改良型から4代目まで一貫して開発にかかわる。合わせて、ラリー車用駆動系の開発、初代パジェロスポーツの立上げ、デリカD:5のディーゼル化、同ビッグマイナーチェンジのプロジェクト推進などを担当。
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【布野 洋】
商品力評価担当。3、4代目パジェロの商品性評価に関わる。現在はモータースポーツ開発も担当。
2026年9月

