三菱自動車はどのようにして造られているのでしょうか。そこには調査、企画、デザイン、設計、試作、テスト、購買、生産、物流、販売という一連の工程があり、それぞれを高い技術力を持ったプロフェッショナルが担っています。本シリーズでは 各職場で働く人々を紹介していきます。今回は、『アウトランダーPHEV』の商品企画を担当した商品戦略本部 商品企画部 マネージャーの篠崎哲夫さんに話を聞きます。
大学院の工学部で流体力学を学んでいた篠崎さんは、ダカール・ラリーを走る三菱車を見たときに、「こんなことができるんだ、凄い!」と驚いた。このとき「三菱自動車は、お客さまに単に『良いな』と思わせるクルマでなく、それをもう一段超えた、驚きや喜び、みんながワクワクするクルマを提供できる会社」だと感じ、三菱自動車を就職先に選んだという。
篠崎さんは2005年4月に入社。商品戦略本部 商品企画部に配属され、最初に担当したのが『デリカD:5』(2007年発売)の企画だった。
「入社当時、ちょうど『デリカD:5』というクルマの立ち上げに向けてプロジェクトが進んでいた時期で、マネージャーと2人で企画を担当することになりました。先代の『デリカスペースギア』は、車体がビルトインラダーフレームの面白いクルマで、ファミリーカーだけどオフロードも走れるという特長がありました。ただ、『デリカD:5』にモデルチェンジするときに、時代にあわせた進化が必要だと思っていました。乗り心地や燃費を良くするために、プラットフォームを完全なモノコックへと大きく変更することにしたのです」
完全なモノコックへ。『デリカスペースギア』から13年ぶりの大胆なモデルチェンジだったが、発売当初は不評であったという。
「お客さまはもちろん、社内からも『こんなの「デリカ」じゃない!』と散々言われました。やはり昔のフレーム構造で、どこでも走れる、『パジェロ』由来のオフロード性能のあるクルマというイメージが定着していたんですね」
しかし、次第に評価は高まっていく。
「ものづくりにかかわる企画、開発、デザインの3つの部門が一丸となって、お客さまに喜んでもらいたい、驚かせたい、楽しませたいという想いから、それぞれができる新しいことをドンドン提案していって、新しい『デリカ』になりました。我々としては、時代に合わせてソリューションは変わるけれども、みんなでいろんなところに行けて楽しい思い出が作れる、絆が深まるという価値提供はこれまでの『デリカ』と変わりません。最初はみなさん否定的でしたが、徐々に乗り換えもしてもらって認められるようになっていき、今では三菱自動車ブランドを代表するアイコニックなモデルになっています。このときの経験から、クルマづくりでは、お客さまの期待を超える提案をし続けていくことが大事だと思いました」
お客さまの期待値に立ち返り、バリューを形にしたのが『アウトランダーPHEV』
以後、いろいろな車種を担当し、特に商品コンセプトを考える初期段階に関わることが多かったが、企画は通ったものの、損益の点で成立せず、消えていったプロジェクトもあったという。そうした中で、満を持して取り組んだのが『アウトランダーPHEV』(2013年1月発売)だった。
「通常、新しいクルマの開発は、発売の4、5年前から企画が始まります。このクルマに関しても、2008年頃から検討が始まりました。『アウトランダー』というSUVがすでにありましたが、SUVというと、セダンやハッチバックと比べると重量が重くなり、燃費が悪くなります。そこに燃費の良い電気自動車の要素を取り込んで、『SUVだけど燃費がいい』と相反することを両立させる技術としてPHEVシステムを搭載しようという話になりました。当社には、世界初の量産電気自動車『アイ・ミーブ』を世の中に出せた技術があり、街乗りに十分な航続距離を保証するバッテリーと駆動力に優れたモーターがありましたから、そこに四輪制御技術を投入したSUVに乗せると面白いクルマになるのではないかというのがスタートでした。PHEVシステムは運転する楽しさや便利さを提供できる、そんな理想のクルマに近づけることができるかもしれないと思ったんです」
PHEVシステムの技術はすでにあり、燃費の良さを売り物にしたクルマはすでに世の中に存在していた。しかし、SUVタイプで4WDのPHEVという発想は他社にはなく、その試みは三菱自動車が初めてであった。とはいえ、単純にSUVにバッテリーとモーターを載せれば出来上がりというものではない。そこにはクリアしなければならない技術的な問題がいくつもあった。
「電気自動車のノウハウやモーターの特性はわかっていました。しかし、一口にバッテリーと言っても、PHEVシステムのバッテリーは、純粋な電気自動車のバッテリーとは特性が違います。電気自動車は基本的に使い切ってまた充電するというものですが、PHEVシステムはエンジンで発電してバッテリーに充電できて、走行中に電気の出し入れがあります。しかも、バッテリーは製造する会社によって特性や精度が違う。どれが一番良いのか、クルマ会社として扱ってこなかったバッテリーを使うことの難しさがありました」
開発での最大の難関は、エンジン走行とモーター走行との組み合わせをどうやって制御していくかという問題だった。
「簡単に言うと、ハイブリッド車は、最初の速度10キロ、20キロくらいまではモーター走行で、それ以上の速度域になると基本的にエンジン走行になります。低速はモーター、上の速度域はガソリンとわかりやすいのです。ところがPHEVシステムはバッテリー容量が大きいので、モーター走行で100キロくらいまで走れたりもするのでどちらの走行が最適か、きめ細かく制御しないといけないのです。モーターとエンジンでは特性が全然異なり、得意な領域も違います。当社がこだわったのは、極力、滑らかでスムーズなモーター走行を高い速度域まで引っ張り、エンジンが介入する時もショックが感じられないようにいかにスムーズにつなげるか。そういう制御をどうするかというのが一番苦労したところでした」
そう簡単には開発は進まない。当初は、想定外の不具合が続出した。
「お客さまがいろいろな使い方をされることを想定し、開発では日本中走り回って、いろんな現象の試験を繰り返しました。想像していないような事態も多々ありましたが、ひとつひとつ潰していきながら、今の『アウトランダーPHEV』ができあがったわけです」
試行錯誤を繰り返し、ようやく技術的な問題はクリアできた。しかし、企画面の課題として販売価格が通常のガソリン仕様の『アウトランダー』より100万~150万円ほど高くなる。燃料代が安くなるだけでは全然ペイしないのではないか。それでもお客さまに購入したいと思わせる魅力的な価値の提案ができるだろうか。企画側の苦労は、PHEVシステムというモノ自体の価値をお客様にどう認めてもらうかということだった。
「そこで改めて、もう一度お客さまの期待値に立ち返りました。お客さまに提供するPHEVシステムの価値として、単なる燃費だけじゃなくて、モーター走行によるスムーズな、ガソリン車ではできないような加速力があるということ。それから、モーター走行なので、シフトチェンジがなくて乗り心地が快適になるとか、エンジンを回さない領域では静粛性が高くなることなどでした。それだけではなくて、モーターによるきめ細かい四輪制御によるコントロール性があげられる。そういったPHEVシステムの良さを理解してもらって、お金を払ってもらおう、みんなで突き詰めて考えて、お客さまに妥当な価格であるとバリューを理解してもらおうという活動をやっていきました」
「開発部門の新しい技術提案を、企画部門がお客様ニーズに合わせて新コンセプトとして提案する。こうした、ものづくりに関わる部門が一体となって、『お客さまに喜んでもらいたい』『お客さまを驚かせたい』という想いで、ものづくりができること。これが三菱自動車の良さであり、強みだと思っています」
このような活動はさらには新しいクルマの使い方の提案にもつながった。
「駆動用バッテリーの電力があるので、アウトドアを楽しむときに電気を使った新しい“冒険”が体験できます。例えば、コーヒーを沸かしたり、快適にクーラーをかけて過ごせたり、焚火をしなくても電気調理器を使えたり。災害があったときには、新しいライフラインとして使うこともできます。維持費が安くできるだけではなく、こうした新しい魅力を価格として反映してもらうストーリーを作り、新しい価値をアピールしました」
車内には100V AC電源(1500W)が搭載され、家電などに給電ができる
こうした新しい価値を提案した努力が実を結び、『アウトランダーPHEV』は世に受け入れられた。思いがけないことだったが、新しい客層の開拓にもつながっている。
「2013年1月の発売で、その年の日本カー・オブ・ザ・イヤーの中のイノベーション部門賞を受賞しました。PHEVとSUVの利点を巧く融合させ、新しいクルマの使い方が提案されていることや、燃費と走行性能の両立、大容量電力アウトプットや自ら充電もできる点が秀逸だとして評価いただきました。
クルマの評価や価格が上がった結果、販売店には、これまで来たことのなかった価格帯のお客さま、例えば、輸入車に乗っていたようなお客さまが、『アウトランダーPHEV』の良さを認めてくれて、三菱自動車に来てくれるようになりました。『アウトランダーPHEV』は、そうした三菱自動車の客層が変化し始めた最初のクルマではなかったかと思っています」
篠崎さんは、2023年より先行商品の企画業務に取り組んでいる。2023年、2025年に開催したJapan Mobility Showのコンセプトカーの企画も担当されている。将来を見据えて三菱自動車らしさを追求していく部署だ。
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『MITSUBISHI D:X Concept』 -

『MITSUBISHI ELEVANCE Concept』
「10年後、三菱自動車らしさをもったラインアップのクルマを持つにはどうしたらよいか、そのビジョンを描く。方向性を決め、それをモノづくりに落とし込むことをやっている部署です。生き残っていくためには三菱自動車らしさを際立たせたクルマを作っていかなければいけません。三菱グループには世界の最先端技術を一般社会に還元して世の中を豊かにするといった歴史と理念があり、その中で三菱自動車も先端技術を市販車にフィードバックして一般のお客様に還元してきたと思います。誰でも自信を持ってワクワクする体験ができる、それが三菱自動車らしさだと考えています」
単なる技術力だけではなく、お客さまの期待を超える“驚き”や“楽しさ”を届けたいという情熱や、新しい価値を提案し続ける姿勢、それらの結晶が三菱車と言えるだろう。