三菱自動車のクルマはどのようにして造られているのでしょうか。そこには調査、企画、デザイン、設計、試作、テスト、購買、生産、物流、販売という一連の工程があり、それぞれを高い技術力を持ったプロフェッショナルが担っています。本シリーズでは 各職場で働く人々を紹介していきます。
今回、紹介する性能計画実験部は、工場で量産化する前の開発段階で、最終的なチェックを行う部署。なかでも操縦安定・乗心地技術開発グループは、文字通りお客さまが操縦しやすく乗心地の良いクルマに仕上げるための調整を行っています。「お尻に乗り味を染みこませる」という独特な表現を使うその道のプロ・鳥居陽一さんに話を聞きます。
「カーペットライド」を実現した新型『デリカミニ』の乗心地
2025年10月、フルモデルチェンジされ発売された新型『デリカミニ』。その4WDグレードの最終の仕上げの段階で乗心地を調整したのが鳥居さんである。
「軽自動車でそこまでやるのかと思うくらい、旧型も好評だったものですから、幹部からはそれを超える、(未舗装路のテストコースである)クロスカントリー路でも爆走できるものを造ってくれと要望されました。旧型も私が担当しましたが、世の中の人に『何が変わったの?』と言われないように、企画担当からはお客さまが乗って驚かれるぐらいにしてほしいと言われました」
無理難題である。しかし鳥居さんは、「どうしたものかな」と思案した末に、こういうイメージを描いた。
「カーペットの上を走っているような乗心地、“カーペットライド”を目指したいと考えました。クルマに乗っているときに路面から衝撃を受けると、トンとかダンとか衝撃を感じます。それがフワフワッと、まるで魔法のじゅうたんに乗っているかのように、でこぼこ道でも走るようにしたい、というのが新型『デリカミニ』の狙いでした」
乗心地のカギとなるのが、車体の振動を減衰させるショックアブソーバーである。ショックアブソーバーには、路面から受ける衝撃を吸収し、操縦安定性や乗心地を向上させる役割がある。このショックアブソーバー内の部品の組み合わせを替えていくことで、「乗り味」を微妙に変えていく。新型『デリカミニ』では、「魔法のじゅうたん」のような乗心地にするために、ショックアブソーバー内の部品に新しい素材を使うことにした。ショックアブソーバーの造り込みは、サプライヤーとなる部品メーカーとの協業となる。
「目指すレベルが決まり、心意気だけはあるのですが、ではどうすれば良いのか、最初から答えがあるわけではないので、ショックアブソーバー内の部品をどのように組み合わせるかというのを、部品メーカーの方と相談しました。部品を組み合わせる順番を工夫するなど一緒に考え、もともとクルマが持っている良さが活きるようにセッティングしていきました。これが経験の浅い人にやらせると、素材が活きてこない。そこが非常に難しいんです」
ショックアブソーバーを手に話す鳥居さん
部品の組み合わせの調整は微妙な作業である。わずかな調整で「乗り味」は変化する。計測装置によって減衰の変化は数値で計れるが、それだけで最適解は見つからない。最後に乗心地の良さを感じるかどうかは“乗った人の感覚”だ。
「部品を入れ替えてくれるのは部品メーカーですが、その部品を付けたクルマの乗心地を感じ取り、今の状態やそこからどうしたいのかを、きちんと伝えるのは私の役目です。これができないと思った通りの乗心地には行き着きません。私はクルマに乗ってみて、こう調整すればいいとわかるのですが、その感覚を部品メーカーさんに伝えられないことにはメーカーさんも部品を変えられない。減衰力は、中の部品を1つ変えたところで、計測した値は大きく変わらないのですが、乗り味は変わります。微妙な違いかもしれませんが、我々が行っている業務は感覚が重要な業務なので、極めようと思うと場数を増やして経験を積むしかありません」
「新型の乗り味は大きく変わりました。悪路でもショックアブソーバーが活躍して、すごく良い乗り味であることをわかっていただけると思います」
むろん、新型『デリカミニ』は、悪路だけでなく良路を走っている時も快適だ。
「舗装路でも場所によっては舗装のへこみや破損がありますが、我々のクルマでは、そういうデコボコ道を走っても快適です。こちらがドライバーに指摘しないと『そうか穴が開いていたのか』と気が付かないくらいです。『この道路こんなに走りやすかったっけ?』と思うくらい乗心地は良いですよ」
クルマづくりの最後の砦
鳥居さんは1981年、三菱自動車に入社。93年より、主にクルマの操縦安定や乗心地を改善する業務に携わってきた。現在も性能計画実験部に所属し、同様の業務をこなす傍ら、後進の指導育成に当たっている。性能計画実験部は400人の大所帯で、7つのセクションに分かれ、そのうちのひとつ、鳥居さんが指導する操縦安定・乗心地のチームは30人だ。鳥居さんの部署にはお客さまと直結する重要な意味がある。
「今では、クルマはデジタルで開発できる時代になりましたが、お客さまが乗るということから考えると、お客さまにクルマの良さを体感してわかってもらわないといけません。社内には当然、開発した後で最後に評価する評価部門がありますが、あくまでも社内の開発プロセスの中での評価です。そこで我々が、お客さまにクルマが渡る前に、乗心地などを調整します。クルマづくりの最後の砦です」
鳥居さんのチームの業務は、まず先に説明したショックアブソーバーの調整がある。それから、タイヤの開発があり、パワーステアリングのチューニングなどもある。
タイヤの開発とはどういうものか
「クルマが接地しているのはタイヤの4輪しかありません。タイヤ1本あたりハガキ大の大きさしかないので、そこで力を発揮させるということでいえば、タイヤの役割は非常に大事です。そして、クルマは走っている時に騒音が出ますが、タイヤからも音が出ています。その騒音をどこまで抑えるか、そして燃費も、どこのメーカーのどんなタイヤを使うかによって違ってきます。クルマを造る際には、最初に開発指針値で騒音や燃費が規定されるので、燃費や静粛性をクリアできるように、タイヤを開発していきます。各タイヤメーカーに打診をして、我々が要求するレベルで調整できるかなどを相談しています」
「お客さまは、ある程度乗ると摩耗したタイヤを交換されます。我々は、タイヤを替えても、乗り味が大きく変わらないようにしたいとは思っているのですが、タイヤを替えると騒音や燃費は変わってしまいます。もともと装着されているタイヤは、当社が考えて着けているものなので、できれば元のタイヤと同一のものに替える方が好ましいとは言えます」
実際にテストコースを走りながら調整が行われる
「岡崎の技術センター内のテストコースに長距離周回路があります。ひとつは普通のテストコースできれいな道の良路。もう1つは、クルマの耐久性を見る路面です。それがクロスカントリー路というもので、穴が開いていたり、砂利があったり、パッチ(継ぎはぎ)がいっぱいあったりという道です。そこを快適に走らせるのが我々の目指すところです。他社メーカーの方からは、『え、そんなところを走るの?』と驚かれます。北海道にある十勝研究所には、さらに本格的なオフロードコースがあり、新型『デリカミニ』は、そこも走らせてテストしました。キャンプ場や舗装されていない林道など、まったくヘッチャラです」
そう話す鳥居さん自身は、運転に関しては平均的なドライバーであるそうだ。
「当社には運転技術の高いドライバーも複数いますが、私は一般的だと思います。
運転が上手いと、やはり自分の腕前の中で隠れてしまうところがあって、お客さまの運転とはかけ離れてしまいます。今のクルマには、例えば滑ったら止めてくれる安全装備がいろいろ着いていますが、運転の上手い人は、滑っても運転技術で回避できてしまうんですよ。お客さまに寄り添う“乗心地”という点でも、私みたいな平均的なドライバーがテストした結果を、クルマにきちんと反映することも必要なのかなと思います」
「あとは、ハンドルの重さ、軽さの調整がありますが、基本的には事前に性能計画でしっかりと造り込まれています。我々のチームでショックアブソーバーを調整できれば、もともとのクルマの良さが出てくるというわけです。逆にいえば、それを活かすか無にするかがサスペンションの減衰機構のあり方にかかっています」
クルマづくりの最後の砦として、お客さま目線で乗り味を造り込む鳥居さん。 乗り味を捉える感覚、上手く伝える表現力を、どう社内で伝承していくのか。後編では、鳥居さんから指導を受ける同じく性能計画実験部の宮西賢さんとともに、独自の教育制度や、三菱自動車らしい乗り味について話を伺う。