『トライトン』2つの物語

極限が育てるもの
『トライトン』、ラリーが鍛えた技術と人

極限が育てるもの 極限が育てるもの

市販車として完成した『トライトン』は、そのままアジアクロスカントリーラリー(AXCR)という極限の舞台へ送り出されました。そこで試されたのは、クルマの性能だけではありません。限られた条件の中で答えを探し続ける、技術者たちの力でもありました。(前編はこちら

  • 『トライトン』は一部の国・地域では『L200』として販売

2023年、新型に切り替わった『トライトン』ラリーカー

同じ車体が、まったく違う正解を求められる場所へ

新型『トライトン』が世に出た2023年、この車両は、量産車から大幅な改造を施すことなく、もう一つの舞台へ送り出されました。アジア最大級のクロスカントリーラリー、AXCRです。
三菱自動車にとってラリーは、単なるモータースポーツ活動ではありません。AXCRは1996年に始まり、アジアで最も過酷なクロスカントリーラリーとして知られています。三菱自動車が本格参戦を開始したのは2022年。Team MITSUBISHI RALLIARTの総監督を務める増岡浩は、「三菱自動車がこれまで培ってきたラリーの経験はさまざまな車種にフィードバックされ、4WD技術やシャシーとボディの堅牢性、悪路走破性、安全性能といった三菱車ならではの強みにつながっています」と語ります。極限状態でクルマがどう変化するのかを体感しながらデータを蓄積する――ラリーは、三菱自動車にとって「最高の実験の場」でもあるのです。
2023年、新しい『トライトン』は発売直後にラリー仕様へ仕立てられ、AXCRへ投入されました。開発管理部で競技車両の開発を担当する相羽規芳は、その完成度をこう振り返ります。
「2023年は開発日程の制約もあり、ラリー仕様化した車体部品は主に、サスペンション、ブレーキ、タイヤ、ホイール、ディファレンシャルなどに限られました。しかし総合優勝こそ逃しましたが、SSで最速タイムを記録する場面もあり、エントリーした全3台が完走し、かつ上位2台の合計タイムで争われるチーム賞を獲得きたことで、結果的に市販車状態での『トライトン』のポテンシャルの高さを証明できました」
量産車として磨き上げられた基本性能の高さは、車体への負荷が非常に大きなAXCRにおいても、そのままラリーカーの土台として通用したのです。

長時間の走行でもドライバーが疲れにくく、最後まで思い通りにクルマを操れること。競技車両の速さを支える要素の一つが、「疲れにくさ」という市販車と共通する考え方でした。
とはいえ、AXCRではライバルとの違いも明確でした。『トライトン』はライバル車に比べて排気量が小さく、エンジン諸元だけで比較すれば不利になります。そこで競技車両開発チームが磨いたのが、悪路走破性の向上でした。
相羽は「グラベルでも路面がフラットな直線では、排気量差が出やすい。他方、路面に凹凸が見られる低速及び中速域での旋回時でタイムを稼げるよう、悪路走破性の向上はポイントの一つです」と語ります。
2023年のラリー車両は、サスペンション形式は市販車のままであり、市販車開発の段階から磨き上げられた操縦安定性こそが、『トライトン』の強みだったのです。

『トライトン』の市販車の強みがラリーカーに生きる

一方で、市販車とは異なる考え方もあります。
「耐久性での指標の一つとなる、走行距離や使用期間。AXCRでの走行環境は様々であり、車体への入力は高いものの、極端な言い方をすると、ラリー終了時まで各部品がその機能を果たせばよく、それは市販車とは違う考え方です」
耐久試験で部品が損傷した場合、受けたダメージによっては、部品は材料技術部へ持ち込まれ、破断面から破損の進行過程を分析します。分析結果は、次のクルマづくりにつながる貴重なデータになるのです。

量産車の開発を担当した佐藤は、量産開発とラリー現場の関係をこう語ります。
「担当している設計メンバーは、量産車を開発しながらラリーチームから相談を受けます。プロとして頼られることはモチベーションにもつながっていると思いますし、その積み重ねがラリー車のエンジニアリングにも生かされている。それはすごく良いことだと思っています」
多くの量産開発メンバーが兼務でラリー車両を支える。この三菱自動車らしいコンパクトな体制が、二つの現場をつないでいます。

2024年の悔しさ、2025年についにつかんだ王座

しかし、勝利への道のりは決して平坦ではありませんでした。2024年のAXCRのレグ4終了時点ではチャヤポン・ヨーター/ピーラポン・ソムバットウォン組が総合首位を走るなど、新しい『トライトン』での優勝が目前まで迫っていました。ところが、レグ5のゴールまで残りわずか2kmというところでエンジントラブルが発生。まさかのリタイアとなります。しかも、その日はチャヤポン選手の誕生日でした。相羽は、その時の様子を今も鮮明に覚えています。
「クルマが牽引されて戻ってきたチャヤポン選手は、言葉をかけられないほど放心状態でした」悔しさを抱えたまま迎えた2025年。限られた時間や予算もあり、決して恵まれた条件ではありませんでした。それでもチームは立ち止まりません。互いの知恵と経験を持ち寄り、一つひとつの課題を乗り越えていきます。
そして迎えた最終日。最後のSSを、2位との差わずか7分半という状況で走り切り、チャヤポン/ピーラポン組が先代『トライトン』で挑んだ2022年に続き2度目の総合優勝を果たします。奇しくも、この日もチャヤポン選手の誕生日でした。
前年の悔しさを翌年の武器へ変える。壊れた原因を突き止め、一つずつ潰し、再び現場へ送り出す。その姿勢は、20年ぶりにゼロからフレームをつくり上げた開発陣の歩みとも重なります。

新しい『トライトン』で悲願の初優勝

ふたつの現場に流れる、ひとつの同じ開発DNA

市販車には、世界中のさまざまなお客様の、多様な使い方に応えることが求められます。一方、ラリーカーには、極限状態でも走り切るという、ただ一つの正解が求められます。目指すものは違っても、その答えを探す姿勢は驚くほどよく似ています。
20年前の開発を知る技術者が誰もいない状態から新しいフレームをつくり上げた量産開発チーム。量産部門と力を合わせながら優勝をつかんだラリーチーム。どちらにも共通していたのは、お手本のない場所で、自分たちの力で答えを見つけようとする姿勢でした。
増岡は、ラリー活動の意義をこう語ります。
「三菱自動車がこれまで培ってきたラリーの経験はさまざまな車種にフィードバックされ、4WDの高い技術、シャシーとボディの堅牢性、悪路の走破性、安心の安全性能など、三菱車ならではの強みにつながっています。……こうした経験は人としてはもちろん、会社としても大きな財産になっています。これが脈々と受け継がれてきたのが三菱自動車の開発DNAではないでしょうか」
三菱自動車のエンジニアたちに共通していたのは「他社と同じモノをつくりたくない」という思いでした。
『ランサーエボリューション』の旋回性能や操縦安定性、『パジェロ』の天候を選ばない悪路走破性も、三菱自動車だからこそ培われてきた個性です。言われた通りに図面を描くだけでは終わらない。「もっとこうしたい」「もっと良くしたい」と考え、自ら工夫を積み重ねる。そうした姿勢は、限られた時間の中でも競技車の性能を磨き続けるラリーエンジニアたちにも共通しています。

2026年連覇に挑む

相羽は、タイの現地チームタントスポーツとの仕事をこう振り返ります。
「方策が異なり、意見が対立することもあります。考え方や習慣も違いますから。ただ、お互いゴールは同じ。互いに敬意を払い、共働していくことが有効と思っています」
2025年の優勝を支えたのも、日本とタイ、それぞれのメンバーが一つの目標に向かって力を合わせたチームでした。20年ぶりのフレーム開発に挑んだ開発陣の情熱と、前年の悔しさを翌年の勝利へ変えたラリーチームの執念。その根底に流れていたのは、「もっと良くしたい」という思いでした。壊れたら原因を突き止める。直す。そして、次はもっと良くする。その積み重ねの先に、新しい『トライトン』が生まれ、その力は、AXCRという極限の舞台で証明されました。
その開発DNAはこれからも、三菱自動車の次のクルマづくりへ受け継がれていきます。

  • 【佐藤 英貴】
    フレーム車全般の車両開発全体を統括。
    2018年より『トライトン』を担当し、現在はCVE(チーフ ヴィークル エンジニア)としてグローバル向けピックアップトラックの商品開発をリードしている。

  • 【相羽 規芳】
    AXCR参戦車両車体開発を担当。
    ダカール・ラリー参戦時代には、競技用『パジェロ』の車体開発を担当。

2026年8月

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