三菱自動車らしい「乗り味」を体に染み込ませる

2026年02月24日
  • facebook(別ウィンドウで開く)
  • X(別ウィンドウで開く)
  • line(別ウィンドウで開く)

三菱自動車のクルマはどのようにして造られているのでしょうか。そこには調査、企画、デザイン、設計、試作、テスト、購買、生産、物流、販売という一連の工程があり、それぞれを高い技術力を持ったプロフェッショナルが担っています。本シリーズでは 各職場で働く人々を紹介していきます。今回紹介する性能計画実験部は、工場で量産化する前の開発段階で最終的なチェックを行う部署。消費者が操縦しやすく乗心地の良いクルマに仕上げるための調整を行う、その道のプロ・鳥居陽一さん、そして鳥居さんの指導を受ける同じく性能計画実験部の宮西賢さんに話を聞きます。
(前編はこちら

技能伝承のための「マスターエバリュエーター」

前回紹介したように、クルマづくりの最終段階の仕上げは、経験と技術、その両方に裏打ちされた優れた感覚を持つ、熟練の職人が担っている。三菱自動車では、スキルを持ったベテラン層の定年退職によって、今後技能伝承が途絶えてしまうことを課題視している。そこで車体の実験部署が所属する第一車両技術開発本部では、2023年より、「マスターエバリュエーター」の仕組みを導入することになった。師匠と弟子との組み合わせによる技能伝承が可能となるよう、性能計画実験部と試作部をモデルケースとし、取り組みを進めている。技能力とは、日々の鍛錬により、数値には表れないモノや味わい、特性などを造り込む能力のことである。

「マスターエバリュエーター」は、クルマに乗ったときの人の五感で、未達部分や不足部分が適格に指摘でき、膨大な経験則から対策を決定し、クルマを仕上げることができる職人と定義されている。ここに紹介した鳥居さんは、まさに「マスターエバリュエーター」となる弟子を育てている。その鳥居さんに弟子として指名されたのが、宮西賢さんだ。

宮西さん

宮西さんは、2007年4月に入社。07年10月より機能実験部・操安乗心地試験グループに配属となり、23年、鳥居さんの後継者に指名され、性能計画実験部・操縦安定・ブレーキ性能計画実験グループで日々研鑽を重ねている。宮西さんはこう話す。

「僕はクルマが好きで、大学の工学部を卒業後は自動車メーカーに入社したいと思っていました。その中でも自分で実験してクルマづくりをするような仕事を希望していました。三菱自動車では担当者が手広く実験していて、見ている領域が広いように感じ、やりたいことができる楽しそうな会社だなと思ったのが入社のきっかけでした」

宮西さんは入社して18年。すでに実績も積んでいる。

「一番、思い入れのあるクルマは、主任になって主担当として手がけた現行の『アウトランダー』『アウトランダーPHEV』です。このクルマも鳥居さんと一緒に携わり、まずはタイヤも含めて良い乗り心地が実現できるように開発しました。そこには我々がやりたかった仕様が入っており、最後に十勝研究所でテストして、整備が行き届いた舗装道路から荒れた道まで、どんな道でも快適に乗れるような乗り味にすることができました。三菱自動車らしいエッセンスを注入できたと考えております」

『アウトランダーPHEV』

「乗り味」の感覚をどう伝えるか

そんな宮西さんでも、師匠の鳥居さんから見ると評価は厳しい。

「マスターエバリュエーターの能力を100%だとすると、まだ70%くらいでしょうか。やはり最後の詰めなんですね。この詰めが難しいんです」

「乗り味」の良さは、最後は鳥居さんのように熟練した開発者の感覚によって実現されるものなので、その感覚を後継者に伝えるのが難しい。鳥居さんはこう説明する。

「我々の部署では、ショックアブソーバーの減衰特性を測る機械を導入しています。そこで出したいろいろな測定線図を見ながら調整するというやり方になります。ですが、これはあくまでも、手段として使っているものです。先ほど言った乗り味の感覚こそ、我々が部品メーカーの方に伝えなければいけない部分ですが、これがなかなか伝わりづらい。運転していてガツンとショックが来たら、『硬い』、『強い』などと表現できると思いますが、別の人だったら『痛い』と言うかもしれません。いろいろな表現があるので、部品メーカーの方に、ただ『硬い』と言っても、それだけでは伝わりません」

そこをどう伝えるか。

「例えば、『これ悪かったです』と部品メーカーに持っていっても、『何が悪いのですか?』と言われてしまうので、『ここがちょっと緩いんだ』と加えます。さらに『細い運動神経の鈍いお兄さんがフワフワしている感じだ』と言うと、『じゃあ筋肉つけましょう』みたいな話になります。そういういろいろな表現をします。また、私は特殊かもしれないですけど、『骨を入れてくれ』とか、『筋を入れてくれ』などの言い方もします。あらゆるボキャブラリーを使って感覚を共有します」。

(左から)鳥居さん、宮西さん

「乗り味」を良くするためには、技術的な知識とともに、感覚を言葉で伝える表現力、コミュニケーション力が問われることになる。宮西さんに仕事の難しさを聞くと、こう語る。

「1個ずつ部品を評価していくとき、フィーリングとかニュアンスとか、部品メーカーに伝える一つひとつが、人によって違うわけですが、鳥居さんがフィードバックすれば、良いものができあがってくる。表現以前に、感じるという点でも、私と鳥居さんでは差があります。鳥居さんと同じことを感じているつもりですが、見ている深さがだいぶ違うんです。部品に反映できるレベルや、具体的な変更点が、鳥居さんとどうしても同じ内容にはならないのが難しいところです」

「例えば、ほんのすぐそこまで行って帰ってくるとき。普通の我々のレベルだと、途中で段差を乗り越えたときにドンとショックを感じたとしたら、そこに注視して部品メーカーに『あそこで硬いです』とか『柔らかいです』と言います。ところが鳥居さんの場合は、例えば速度を10キロ以下で走るとどうか、40キロだとどうかというように、一回の走行で、いろいろな視点で見ていて、硬い柔らかいだけではなく、それは何故かまで考えられています。この考察が深いところが、我々教わっている側とは決定的に違うところだと思います」

鳥居さんはこう言う。
「ちょっとした距離でもたくさん情報を得ていく。その情報を、どれだけ乗っている間に自分の中で分析できるかどうかなんですね。自分自身が自動車の計測器というかセンサーになっている感覚です。日頃、自分のクルマを運転している時から、いつもセンサーになるように意識しています。タイヤの空気が減っているなんてすぐにわかります」

鳥居さんの修業時代と今の指導

そういう鳥居さんにも厳しい修行時代があった。92年、技術員養成所で研修を受け、機能実験部に戻って来た時に、師匠となる上司との出会いがあった。

「そこから10年家族以上に一緒にいたぐらいビッチリ仕込まれました。とにかく仕事に関して妥協しないし、手抜きをしない。徹底していましたね。服装から言葉遣いに至るまで、すべてしつけてもらいました。厳しい人だったので、子供もいましたけど、家に帰ったら毎日泣いていました。それぐらいしんどかったですね」

言葉にできない感覚の世界をどうやって教わったのか。

「とにかく繰り返しクルマに乗ること。手を休めず、ずっとクルマのことに没頭して考える。いつアイデアが思い浮かぶかわからないので、家で食事していても、休みの日でも考えていたぐらいです。とにかく仕事が一番という時代で、いつも師匠と一緒にいましたから、徹底してその人から何かを盗む、背中を見とけみたいなところがありました。そういう人でしたが、無茶苦茶ではなかった。仕事で遅くなったらうちの妻に電話して、『あいつ仕事で遅くなるだけだから心配するな』という電話をよくしてくれていました」

当時、「乗り味」を覚えるために、師匠と一緒に毎日テストコースでクルマに乗った。

「私が運転する時は、師匠は対角斜めの後ろ席に乗ります。そして、走っている最中、クルマの評価を書かいておられる。文字がうまく書けない時は、『このクルマは駄目だな』と言い、文字が書けたら『まあまあかな』という感じです。振動があると書けなくなるから、文字が書けるということは安定して走れているということです。とにかく場数を踏んで学べということでした。今は、だんだん効率的にクルマができるようになってきて、泥臭い現場で場数を踏むということが減ってきた。だから、あえて今のマスターエバリュエーターの育成チームを作って、場数を無理にでも作ってやっていくという教育をしています」

そのために鳥居さんは、宮西さんと、さらにその後に続く後輩2人には、毎日テストコースを走らせている。
「実は去年から、千本ノックということで、毎日チームの人間に、チューニングが完了したクルマに乗れと言って、毎日乗せています。真剣に乗っていれば、お尻に三菱自動車らしい乗り味が染みているはずなんですよ。毎日、仕事の空いた時間に30分とか1時間。去年からだと6000キロぐらい走っていて、『まだ足らないよ、1万キロを超えるまで頑張れ』と言っています。また、年に4、5回は十勝研究所に行って、題目を出してやらせるというようなこともやっています」(鳥居さん)

鳥居さんの指導を受ける宮西さん

「マスターエバリュエーター」に認定されるためにはクリアしなければならない課題がいくつかあるが、宮西さんは手の届くところまでこぎつけている。将来の目標は。

「入社して販売店の営業をしていた時に、そこのマネージャーさんに『お前はどうなりたいんだ?』と聞かれました。今振り返ると『自分は職人みたいになりたい』と答えた記憶があります。やはり昔から『あの人に頼んだら、こんなふうにできた』みたいになりたいという憧れがあって、それが今、自分が望んだ流れで来ているので、なりたいところで言えば、まさしく今の鳥居さんみたいに、例えば2日3日あれば、試作から出てきたクルマをすぐに売れるレベルまで仕上げてやるぞといえて、そういう頼られる職人になれたらと思っています」(宮西さん)

最後に鳥居さん、宮西さんがお尻に染み込ませている、三菱自動車らしい「乗り味」とは何かと聞いた。
「これはあくまでも私見ですが、目指しているところは、やはりオンロード、オフロードを問わず快適に乗れるということ。重要なのはストロークで、足がいっぱい動かすことのできるクルマが三菱自動車。世界の道を行く三菱自動車としては、たくさんサスペンションが動くようにしてあげる、解放してあげる、どこでも走れるというのが三菱自動車らしさだと思っています」(鳥居さん)

「私も同じく、あらゆる路面で乗り味の変化が少ないことだと思っています。きれいな道を走れるというのは、どのメーカーでも当たり前ですが、荒れた道を快適に走れるかどうかという目線で見ると、そう多くはないと思います。我々の担当する機能で言えば、きれいな道でも荒れた舗装路でも、未舗装路にしても快適に乗れることが三菱自動車らしさだと思います」(宮西さん)

三菱自動車らしい「乗り味」は、こうした職人の手にかかっている。

  • facebook(別ウィンドウで開く)
  • X(別ウィンドウで開く)
  • line(別ウィンドウで開く)