この年、世界ラリー選手権(WRC)のトップカテゴリーであるグループAの車両規定に大きな変更が加えられた。国際自動車連盟はまず、ホモロゲーション取得に必要な最少生産台数を5000台から2500台に低減。技術面においては、2.0Lターボ車の最低重量をそれまでの1100kgから1200kgに引き上げる一方、使用タイヤの最大外径を680mmから650mmに縮小した。そしてエアリストリクターの口径もφ40mmからφ38mmへ縮小し、使用燃料を指定のものに一本化、同時にオクタン価をそれまでの102から97程度へと下げた。
Rd. |
name |
Country |
1 |
Monte Carlo Rally |
モナコ、フランス |
2 |
Rallye de Portugal |
ポルトガル |
3 |
Safari Rally |
ケニア |
4 |
Tour de Corse |
フランス |
5 |
Acropolis Rally |
ギリシャ |
6 |
Rally Argentina |
アルゼンチン |
7 |
Rally New Zealand |
ニュージーランド |
8 |
1000 Lakes Rally |
フィンランド |
9 |
Rallye Sanremo |
イタリア |
10 |
RAC Rally |
ウェールズ |
11 |
Rallye Sanremo |
イタリア |
12 |
Rally Catalunya |
スペイン |
13 |
RAC Rally |
イギリス |

ラリーカー開発に大きな影響を及ぼす新規定が1月1日付けで施行される中、1970年代にサファリラリーやサザンクロスラリーを席巻した名車の名を受け継いだランサーエボリューションがついにモンテカルロラリーでデビューした。三菱自動車チームは、ケネス・エリクソン(スウェーデン)に加えて、新たにアーミン・シュワルツ(ドイツ)を起用。そのモンテカルロで、2台のランサーは数々のトラブルに見舞われるも最後まで走り切り、エリクソンが4位、3番手タイムを2度マークしたシュワルツが6位という結果で初陣を終えることができた。
三菱自動車チームはその後、ポルトガルラリーでエリクソンがランサーエボリューションに初のベストタイムをもたらし、アクロポリスラリー(ギリシア)ではシュワルツが3位。1000湖ラリー(フィンランド)ではエリクソンが5位に食い込んだ。なお、このときチームのサービスポイントには、後に三菱自動車チームで4度の王座を獲得する、若かりしトミー・マキネン(フィンランド)が訪れていた。チーム総責任者の木全巖は「来年にはワークスカーをドライブするチャンスをあげよう」との約束を与えている。

この93年のシーズン中盤に三菱自動車チームは、マルチリンク式に変わったリヤサスペンションや前後スタビライザー、そして4WDシステムなどに徹底的な見直しを図っていった。その結果、ランサーエボリューションのハンドリングは著しく向上し、最終戦RACラリーではシュワルツが計5回のベストタイムをマークして序盤はトップを走行。彼はコースアウトを喫してリタイアとなったが、エリクソンも5回のベストを叩き出し、トップ争いを展開した末に2位でフィニッシュした。パンクによる3分の遅れがなければ優勝も可能だったことで、今後に大いなる手応えを得てシーズンを締めくくることができた。
また、グループN仕様のランサーエボリューションもこの年にデビュー。その初優勝は、翌年からトヨタのワークスドライバーに抜擢された藤本吉郎がニュージーランドラリーで飾っている。