【最新の四輪制御技術×中谷明彦】中編

四輪制御技術の開発思想、オールホイールコントロール 四輪制御技術の開発思想、オールホイールコントロール

右:スーパー耐久シリーズチャンピオンに輝いた中谷氏と『ランサーエボリューションⅤ』(1998年)

レーシングドライバー/モータージャーナリスト
中谷明彦氏

三菱自動車は『三菱ジープ』などで培った4WD技術を活かし、ピックアップトラックやクロスカントリーSUV、そして乗用車へと、時代が求めるカテゴリーのクルマに、それぞれの用途に最適な4WDシステムを採用し、“誰もが安心して、どこへでも快適に運転できるクルマ”としてお客様に提供してきました。様々な天候や路面を想定した厳しい社内試験はもちろん、モータースポーツも開発の現場として捉えて挑んでいました。
市販車を小改造したクラスが中心のスーパー耐久シリーズで『ランサーエボリューション』を駆り活躍していた中谷氏。WRC(世界ラリー選手権)と違い、ワークスチームではない体制の中で、中谷氏と開発者はどのように四輪制御技術を磨き、そしてどのようにS-AWC(スーパーオールホイールコントロール)にたどり着いたのでしょうか。

新世代4WDスポーツセダンの形を求めて

第3世代となる『ランサーエボリューションⅦ』を開発するにあたって、まず目指したのはボディ剛性の向上でした。各デバイスやサスペンションが意図した通りに動くためには、ボディ剛性が重要であることはこれまでのクルマづくりの経験上明らかでした。そこで、『ランサーエボリューションⅦ』では、ドイツにあるサーキット、ニュルブルクリンク・オールドコースでもテストを実施しています。その過酷なコースレイアウトゆえ自動車開発の聖地とも呼ばれるニュルブルクリンク。中谷氏は「車両へかなりストレスがかかり、エンジン、ミッション、ボディ、シャーシと、すべての性能が丸裸になるのがニュルブリンクです。『ランサーエボリューションⅦ』は大きなトラブルに見舞われる事なく安定した走りを披露して、その性能を磨き上げました」とテストに参加した当時を振り返ります。その後、ニュルブルクリンクでのテストは『ランサーエボリューションⅩ』まで続けられ、『ランサーエボリューション』シリーズの進化を支えました。

ニュルブルクリンクでテストする中谷氏と
『ランサーエボリューションⅨ』(2004年)

ACD(アクティブセンターディファレンシャル)が、『ランサーエボリューション』シリーズをつないだ

『ランサーエボリューション』シリーズの革新技術となったAYC(アクティブヨーコントロール)と並び、三菱自動車の四輪制御技術の柱となったのが『ランサーエボリューションⅦ』で初採用されたACDです。「フルモデルチェンジによって車体が大きくなり、走行性能に悪影響を及ぼす懸念がありましたが、それを払拭したのが、前後の駆動力をコントロールするACDです。もしACDがなかったら、『ランサーエボリューション』シリーズはここで終わっていたかもしれません」と中谷氏は当時の胸の内を明かしてくれました。ACDはラリーをはじめとしたモータースポーツを通して指摘されていたトラクション性能の更なる向上を目指し開発されました。センターディファレンシャルギヤの電子制御によって、加速時には連結状態を直結に近づけて駆動力を最大限発揮させ、旋回時にはフリーに近づけ、走行安定性を維持しながら旋回性能を高めるというのが特徴です。左右に駆動力を適正配分するAYCとの統合制御により、コーナリング性能と安定性を飛躍的に向上させました。

『ランサーエボリューションⅦ』に搭載されたACD

その後、『ランサーエボリューション』に搭載した技術はモータースポーツで使えるようにするべきとの中谷氏のアドバイスもあり、『ランサーエボリューションⅧ』ではAYCのトルク伝達容量を増加させることで耐久性や信頼性とともに、更なる性能向上を図ったスーパーAYCを搭載しました。中谷氏は「テストコースで基本的なチューニングを行い、サーキットで走らせるという作業を繰り返しました。サーキットではその場で制御プログラムを書き換え、走行タイムで効果を確認できたため、開発効率も格段に上がりました」と振り返ります。机上だけでなく、現場でも開発する。スーパー耐久を『ランサーエボリューション』で戦い、好成績を収めていた中谷氏だから実現できた手法でした。また、「スーパーAYCは、路面状況が悪化したときにも車両を安定させられ、旋回力を自在にコントロールできる点が非常に画期的でした」と四輪制御技術の成熟を実感しました。この手法はまさにモータースポーツを開発現場と捉え、培った技術を市販車にフィードバックするという三菱自動車の考え方を具現化した一例となりました。

全戦優勝という快挙を成し遂げたスーパー耐久2007年ラウンドの
『ランサーエボリューションIX MR』

シリーズの最終モデルとなった『ランサーエボリューションⅩ』は「全天候型高性能スポーツセダン」というコンセプトのもと、ACDによる前後の駆動力配分制御とスーパーAYCによる左右への駆動力移動制御(トルクベクタリング)に加え、ABS(アンチロックブレーキシステム)とASC(アクティブスタビリティコントロール)によるブレーキ制御を統合し、前輪にブレーキ制御によるAYCを加えたシステム、S-AWCが搭載されました。S-AWCは、数十年にわたる三菱自動車の四輪制御技術の集大成とも言える技術です。駆動力と制動力を使って、旋回時や加減速時にも車体の挙動を自由自在にコントロールすることができるので、誰もが安心してあらゆる路面で意のままの走りを安全に楽しむことができる、まさに夢のような「車両運動統合制御システム」となりました。

中谷氏によるドリフト走行。姿勢はあくまで安定していることがわかります

より軽量でシンプルなブレーキ制御タイプAYCにもつながる

ブレーキ制御に関しても中谷氏には思い出があります。自転車でさえ前後別々にブレーキが効かせられる(前後とも違う役割を持っている)のに、クルマはブレーキペダルが1つだから4輪同時。せめて左右だけでも独立して効かせられないかと考えていたそう。「曲がりたい方向の内側だけ軽くブレーキをかけると旋回力が増すというのは今では当たり前ですが、その発想すらない当時、レースで使えないかと試したことがありました。まず家にあったラジコンのモデルカーに、コーナーでの操舵時に内側だけブレーキがかかるような仕組みを加えて試走させたら4WDなのに非常によく曲がるので、開発の皆さんに見てもらったりもしました。そして自分のレースカーのステアリングホイールにバイクのブレーキレバーを付けて、左右別々にブレーキが効くように改造したら、すごく曲がるんですよ。でも何度も握っていると手が痛くなってしまう(笑)」
現在のブレーキ制御タイプのAYCにつながる発想は、その当時から考えられていたのです。

中谷氏が実際に作ったラジコン。左側の車輪にだけブレーキがかかるようになっています

ツインモーター4WD×S-AWCの相性は抜群

最新の『アウトランダーPHEV』に搭載されているS-AWCは、前後の独立したモーターによる駆動力配分と、ブレーキ制御を用いたAYCによる左右輪の駆動力制御を組み合わせたシステムです。モーターの優れたレスポンスを活かし、瞬時に前後のトルク配分を自在に変えることが可能になりました。「ブレーキやクラッチのような摩擦材を制御するのは非常に難しいですが、モーターはコンピューターで細かく制御できるため、S-AWCとの相性は抜群です。回生ブレーキで減速できる電動車はブレーキへの負担が少なく、熱による制動力変化の影響も受けにくくて安定しているため、ブレーキ制御によるAYCは、『アウトランダーPHEV』の大きな評価ポイントだと思います」と、中谷氏は語ります。

『アウトランダーPHEV』に搭載されたブレーキ制御タイプのAYC。中谷氏もその効果には好評価でした

「三菱自動車の四輪制御技術は、これまでのモータースポーツで培われた知見や拘りが詰まったものです。『アウトランダーPHEV』のS-AWCは、その成果の一つでありながら、次の時代に向けた新たな可能性を秘めています。」三菱自動車の四輪制御技術とともに歩んできた中谷氏も四輪制御技術のさらなる進化に大きな期待を寄せています。

最新の『アウトランダーPHEV』に試乗し、複数のモーターとの組み合わせによるS-AWCのさらなる進化に期待する中谷明彦氏

【中谷明彦】

大学在学中よりレーサー/モータージャーナリストとして活動。1985年に、「ミラージュカップ」の開幕戦で優勝を果たし、プロ・レーサーに転向。同年には、グループA車両が熾烈な戦いを繰り広げた第1回インターTECに『三菱スタリオン』で参戦。1988年の全日本F3チャンピオン。レーシングドラーバーの見地からアドバイスを送り、『ランサーエボリュ−ション』V〜Xの開発を陰で支えた。『ランサーエボリューション』を駆って、スーパー耐久レースで50勝を記録、5回の年間覇者となる。