PHEVの夜明け

今や三菱自動車のフラッグシップモデルとなった『アウトランダー』のプラグインハイブリッドEV(PHEV)モデル。2013年の発売当時、自動車業界の中でも他に類を見ない「PHEV×SUV」という、新たなカテゴリーを築き上げました。
世界初となる量産型の電気自動車(EV)である『アイ・ミーブ』を生み出した三菱自動車の開発チームは、三菱自動車らしいSUVカテゴリーのEV開発に着手するものの、暗礁に乗り上げてしまいます。それでも諦めず、理想のクルマづくりに挑み続けたチームがどのようにしてPHEVにたどり着いたのか。当社で1994年からEVの開発に携わる、EV・パワートレイン先行開発部の半田和功とともにPHEV開発を振り返る、シリーズ「PHEV開発物語」。第1回は「PHEVの夜明け」編です。

EV・パワートレイン先行開発部 半田和功

クルマは私たちの生活を便利で豊かなものにする一方で、走行中に出す騒音や排気ガスが都市や自然の環境に負荷を与えてきました。自動車メーカーは不断の努力で改善を続けてきましたが、地球温暖化に多大な影響を及ぼすCO2が最後の課題として残りました。そのCO2排出を大幅に削減する切り札として期待されているのが、電気を使ってモーターで駆動し、走行中にCO2を排出しないEVです。
三菱自動車がEVの開発を開始したのは1964年のこと。開発が進められ、1994年には電力会社向けの車両として、鉛蓄電池を使用した『リベロEV』を開発。しかし、その走行性能はガソリン車に遠く及ぶものではありませんでした。1994年からEVの開発に参加した、EV・パワートレイン先行開発部の半田和功は「当時のEVの課題は鉛蓄電池でした」と当時を振り返りました。
「『リベロEV』の車重の半分は鉛蓄電池。あまりに重く、走らせるのも大変でした。加えて、こまめな充電も必要なEVは、お客様にとって、ただの『走らない、面倒くさいクルマ』に過ぎませんでした」
そうした半田の考えを大きく変えたのが、2005年に開発をスタートさせた『アイ・ミーブ』の試作車でした。携帯電話やPCといった小型の電子機器に使われることの多かったリチウムイオン電池を採用することで、電池の重量低減、ひいては車重の大幅な軽量化に成功。モーターのみを動力源とする純粋なEVならではの走行性能が、この時ついに姿を現したのです。
「アクセルを踏むと瞬時にヒューッと走っていく。騒音も振動もない滑らかで力強い走りは、ガソリン車の走りとは全く違っていました。これなら三菱自動車は環境性能*に優れたクルマを造れるかもしれないと開発に力が入ったのを覚えています。この魅力を一人でも多くの人に伝えたいと、試乗会を何度も開催しました。『アイ・ミーブ』に乗る前にはちゃんと走るのか不安そうにしていた人も、クルマを降りるときには笑顔に変わっていましたね」
2005年といえばダカールラリー(正式名称テレフォニカ・ダカール2005)で『パジェロエボリューション』が史上初となる5連覇、10度目の総合優勝を果たした年です。“三菱自動車のクルマなら、どんな道でも安心・安全に、そして快適にドライブを楽しむことができる”、三菱自動車の開発部門全体がそうした市場の期待に応えようと盛り上がる中で、EVの開発は決してメインストリームではありませんでした。それでもEVの開発に挑むエンジニアたちはその可能性を確信していました。
「どんな人でも上手に、気持ちよく、安心して走らせることができる。環境に負荷を与えることがなく、持続可能で、運転する楽しさや便利さを提供してくれる。私たちが理想とするのは、そんな『快適』『安心・安全』『環境性能』を極めたクルマです。乗って楽しく、環境にも優しい、EVならそんな理想のクルマを実現できる。『アイ・ミーブ』を量産した理由もそこにあります。その想いは今でも変わっていません」
2009年、ついに『アイ・ミーブ』の量産が開始されました。走行中に温室効果ガスを排出しないというだけでなく、乗る人を笑顔に変える滑らかで力強い走りは高く評価されました。

リベロEV

アイ・ミーブ

次世代EVの開発に立ちはだかるリチウムイオンバッテリーの壁

『アイ・ミーブ』の量産が開始される2年前の2007年、三菱自動車は次期型EVの開発に着手します。狙うのは『パジェロ』などの名車を生み出してきた、三菱自動車の主力車種であるSUVカテゴリー。しかし、その道のりは決して平坦なものでありませんでした。
「『アイ・ミーブ』より大きなクルマを電気で動かそうとすれば、さらに高い電池性能が求められます。ところが電池を大きくすれば車体が重くなり、電池を搭載するためのスペースも必要になります。バッテリーの値段も今と比べものにならないほど高価でした。当時はまだEV普及活動も始まったばかりで、電池メーカーも自動車を動かすほどの大型電池の量産を視野に入れていなかったのです。電池の性能が向上し、価格が下がるにはまだ10〜15年はかかると予測されました」
アウトドアレジャーを楽しむユーザーも多いSUVなら長距離を走りたいし、人も荷物もたくさん載せたい。一方で、EVを選ぶユーザーは、海でも山でもモーター駆動らしい、滑らかで力強い加速を楽しみたい。そんな要望に同時に応えるには、SUVとして頑強で使いやすく、走っても快適な、三菱自動車らしいEVを開発しなければなりません。ただ、当時の電池の性能では、三菱自動車らしいSUVのEVを開発するのは不可能でした。

アイ・ミーブ

駆動用バッテリー

理想のクルマを実現するために出した答えがPHEV

それでも三菱自動車のエンジニアたちは諦めません。「EVという花はいつの日か満開になる。ただ、今育てていかないと、その芽は潰えてしまう」という思いがあったからです。EVを未来に繋げるためにどうするのか。このような難題に対し、三菱自動車開発陣の出した答えは、PHEVでした。
PHEVでは、EVの弱点であった航続距離を伸ばすために、発電用にエンジンとジェネレーターを搭載。EVをベースとしているため、主にモーターで駆動させることで、日常生活のほとんどはEVとして使用することが可能となり、CO2排出ゼロのクリーンさとモーター特有の力強い走行を両立しました。一方、長距離ドライブでは、電池がなくなっても発電用エンジンで充電し、電欠の心配はほとんどありません。さらに、高速走行時はエンジン主体で走行することも可能です。
「環境性能から見ても、PHEVは決してEVに劣りません。走行時に使われる電気をつくり出す時も、クルマを生産する時も、クルマを廃棄する時もCO2は必ず発生します。意外かもしれませんが、特にCO2排出量が多いのは、バッテリーの生産時です。バッテリー容量が大きいほどCO2排出量は増加します。一方で、エンジンは生産時のCO2排出量はそれほど多くなく、それに比べ走行時のCO2排出量は多い。バッテリーの搭載量を日常的に使う必要十分な量とすることで生産時のCO2排出量を抑え、頻度の高い走行シーンをEVで走ることで走行時のCO2も抑える、これがPHEVのCO2低減の発想です。クルマのライフサイクル(原料調達・製造・使用・リサイクル・廃棄)における環境影響を評価するLCA(ライフサイクルアセスメント)では、地域や走行条件にもよりますが、PHEVが最も環境に優しいという試算もあります」
どこよりも早く量産型EVを開発した三菱自動車には、街乗りに十分な航続距離を保証するバッテリーと駆動力に優れたモーターがありました。この大きなアドバンテージに加え、これまで培ってきた四輪の制御技術を投入すれば、PHEVを「環境に負荷を与えることなく、持続可能で、運転する楽しさや便利さを提供できる」、そんな理想のクルマに近づけることができるという確信がありました。
「『アイ・ミーブ』のバッテリーだけでは遠くの山や海に行くことはできません。しかし、目的地までの高速道路等の道のりで、エンジンによる発電でモーターを動かせば、充電容量の問題は解決できる。EVで走りたい場所はEVで走り、そこまでの移動はエンジンで走ろうという発想で開発したのがPHEVです。」
エンジニアたちのPHEV開発へのチャレンジがスタートしました。

アウトランダーPHEV(初代モデル)

⋆環境性能:クルマ等の人工物が製造・利用される際に与える環境に対する影響が、他の製品に比べて環境の負担を軽減する機能を有したり、エネルギーを効率的に利用できたりといった省エネ性等の性能を指す。特に排出ガスが少ないもしくは、出さないクルマが、環境性能が高いと表現される場合が多い。