EVで軽自動車の概念を変える、2社の共同プロジェクト

まだ遠かった「EV時代」の到来

プロジェクト開発マネジメント部
貴志 誠
量産車開発の取り纏めを担当。
2006年頃から『アイ・ミーブ』、
その後も軽自動車EVを担当。

安全で乗ると楽しいEV『アイ・ミーブ』の量産を世界で初めてスタートしたものの、販売・普及については苦戦を強いられます。当時は今よりも充電インフラの整備が進んでおらず、航続距離に不安があるお客様が少なくありませんでした。また他の軽自動車と比べて価格も高い。新しいものが好きな方や環境問題に関心のある方には興味を持ってもらえるものの、EVを選択肢のひとつとして検討する人は、当時はまだそれほど多くはありませんでした。
「『軽自動車の場合、遠出に使用することはあまりないので、航続距離が短くてもお使いいただけますよ』などといった情報を発信し続けましたが、なかなか響きませんでした。普及させるには社会全体を動かす必要があったのに、当社にはその力がなかったんです。」
当時EVの開発を担当した貴志誠はそう振り返ります。また、クルマとしての課題もありました。そのひとつがリチウムイオン電池です。車載用として十分な安全性を確保していたものの、まだまだ価格が高く、さらに性能的にも改善の余地がありました。
「『アイ・ミーブ』を購入してくれたほとんどのお客様の声を聞きましたが、多くの方が特に不満を感じていたのが空調です。『暖房を使用すると航続距離が半分近くなるので寒くても我慢している』などいう声がありました。」
一方で、EVならではの加速や静粛性能を実感し、「もうガソリン車には戻れない」という意見も多くありました。皆様の期待に応えるためにも、さらに進化したEVを開発したい。EVの先駆者としてEVの魅力をもっと多くの人に知ってもらいたい。貴志たちは何度も『アイ・ミーブ』の次期型モデルの企画を出すものの、GOサインがなかなか出ない日々が続きました。

『アイ・ミーブ』

リチウムイオン電池

PHEVに注力することでEV技術の開発を継続

どれだけの壁が立ちはだかろうと、三菱自動車のエンジニアたちはEV技術の持つ可能性を確信していました。EV技術を熟成させることができれば、どんな人でも上手に、気持ち良く、安心して運転できるクルマをつくることができる。EV技術は環境負荷も小さく、持続的に運転する楽しさや便利さを提供してくれる。EV技術を活用することで、三菱自動車が目指す「環境×安全・安心・快適』を極めた理想のクルマを実現できると確信していたからです。
技術面で課題となっていたのは車載用のリチウムイオン電池でした。『アイ・ミーブ』の発売当時、重たいSUVのEVを開発できるだけの性能を持った車載用電池が登場するには10年以上はかかると予想されていました。そこで、EVを未来に繋げるために、三菱自動車の開発チームはプラグインハイブリッド車(PHEV)の開発に注力します。PHEVは発電用にエンジンとジェネレーターを搭載しているため、EVの弱点だった航続距離の短さという課題を克服することが可能になります。ただ、搭載している電池が小さいとエンジン走行が主体となり、その乗り心地はエンジン車と変わらなくなります。
2012年に発売した『アウトランダーPHEV』には『アイ・ミーブ』の大型リチウムイオン電池を改良して搭載。静粛性が高く、滑らかで力強いEVらしい走りを体感できる画期的なPHEVが誕生しました。また、前後に搭載した『アイ・ミーブ』のモーターを当社が誇る四輪技術で制御することで、ドライバーの意のままに走行できるSUVに仕上げました。その後もリチウムイオン電池やモーターといった電動パワートレインの改良を続け、 2021年に発売された『アウトランダー』PHEVモデルでは走行用電池だけでWLTCモード*1で約80km以上も走行できるようになりました。PHEVの技術を開発することで、EV技術の灯を守り、未来を照らし続けたのです。

PHEVシステム(2021年発売『アウトランダー』PHEVモデル)

世の中の意識がEVへと動いていく

次期型EVへの追い風となったのが、世間の環境問題への意識の変化です。2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)は、日本でも徐々に浸透し、環境問題への関心が高まっていきます。何かを購入する際に、商品が環境に与える負荷や企業の姿勢を考慮する消費者が増え、EVを検討する人も増えていきました。
さらに、軽自動車における日産との協業も新たなEVの開発を後押ししました。当社と日産は2011年から軽自動車における協業をスタートし、2013年には共同開発車である3代目『eKワゴン』と初代日産「デイズ」の販売を開始しました。
日本独自の規格となる軽自動車は、日本の道路事情に欠かせない存在で、日本の自動車市場の約4割を占めているとも言われています。その軽自動車市場でEVを選択する人の割合が増えれば、自動車市場全体にも大きな影響を与えます。早くからEVの開発・生産に取り組んできた自動車メーカーのひとつである日産と当社の両社の強みを最大限に活かすべく、2016年、軽自動車EVを新たに開発するというプロジェクトがスタートすることになりました。
「軽自動車のeKシリーズを電動化すると正式に決まったときには、『またEVの時代が来た』と思いましたね。『アイ・ミーブ』は加速、操縦安定性、静粛性などについてベースとなったガソリン車『アイ』を凌駕していました。その後、PHEVの開発を経て、当社はさらにEVの制御技術を進化させています。リチウムイオンバッテリーの性能も向上している。『アイ・ミーブ』の強みをさらに強化できるチャンスがようやく到来したんです」と貴志は話します。
どんなに苦境に立たされてもEVの開発をあきらめなかったエンジニアたちの努力は、2022年に発売された『eKクロス EV』で結実します。

左から『eKクロス EV』『eKクロス』『eKクロス スペース』

*1:市街地、郊外、高速道路の各走行モードを平均的な使用時間配分で構成した国際的な走行モードです。