
第8回大会は、ベルサイユ宮殿前をスタートしてラックローズにゴールする22日間の日程で、ダカールラリー史上最長の総走行距離12,679km、うち競技区間(SS)6,685km。フランス、アルジェリア、ニジェール、マリ、ギニア、セネガルの6ヶ国をまたいで設定されたが、その過酷さよりも主催者ティエリー・サビーヌの事故死という悲しい出来事で記憶される大会となってしまった。

三菱自動車チームは総合2連覇に向け、パジェロ・プロトタイプの86年モデルの3台体制で参戦した。ドライバーは、コーワン、ザニロリ、リガルの3名である。また、60台以上のパジェロがプライベートチームから大挙出場。この中には、ダカールラリー初出場を果たす三菱自動車の社員ドライバーである篠塚建次郎ら、合計3台の日本人チームも含まれていた。86年モデルは樹脂製のボディ外板を一新し、空力性能を向上。シャシー面ではホイールベースをさらに延長するとともに、ダブルウィッシュボーン独立懸架式のフロントサスペンションとし、各輪2本ずつのショックアブソーバーに変更して操縦安定性と乗り心地を向上させた。2.6Lの4G54型ガソリンターボエンジンのスペックは大きく変わらず、最高出力は230PS。当時、量産車の強化品を使用していたトランスミッションのトルク容量が、パワーアップの一つの足枷となっていた。
連覇を目指す三菱自動車チームは、好調に序盤2つのSSでトップタイムを記録してザニロリがトップに立つものの、後にミッショントラブルに見舞われて後退する。コーワンもラジエータートラブルなどで遅れ、代わってリガルがじわじわと順位を上げる。ラリー中盤までに3台のパジェロはSSトップタイムを連発しながら、総合首位を行くメッジとイクスのポルシェ959を追う展開となった。
後半戦2日目の夕刻、サビーヌの乗ったコース監視用のヘリコプターがビバーク地近くで墜落。乗員4名全員が死亡するアクシデントが発生した。サビーヌの遺志を継いで競技は続行されたが、相次ぐSSキャンセルなど、追う立場の三菱勢にとっては不運な展開が続き、結局 23ヶ所の半数以上となる12ヶ所でSSトップタイムをマークしたものの逆転はならず。リガルは総合3位、コーワンとザニロリはそれぞれ同5位、7位でダカールにゴールした。
一方、市販車無改造クラスではパジェロが初参戦から4連覇を達成。同ディーゼルクラスにエントリーした篠塚建次郎は、初出場ながら総合46位のマラソンクラス9位で完走。夏木陽介はダカールに到着したものの、惜しくもタイムアウトで完走と認められなかった。当時は各区間のタイムオーバーなどで課されるペナルティタイムの合計が一定以上になるとタイムアウト~失格という規則が存在したのである。この年の日本人最上位は、パジェロで市販車無改造ディーゼルクラスに出場した菅原義正の総合33位でクラス5位。菅原は参加4年目で達成した、嬉しい初完走であった。