新しい価値を、つくりつづける。
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EV先駆者たちの想いとこだわり
KAZUNORI HANDA

半田 和功

EV・パワートレイン開発推進部
マネージャー
1994年入社 
情報工学専攻修了

NOBUO MOMOSE

百瀬 信夫

EV・パワートレイン技術開発本部
チーフ・テクノロジー・エンジニア
1987年入社 
電子機械工学科卒

KAORU SAWASE

澤瀬 薫

EV・パワートレイン技術開発本部
チーフ・テクノロジー・エンジニア
1988年入社 
精密工学専攻修了

EVといえども、
オリジナリティが存在価値に。
これほどクルマづくりが
面白い時代はない。

これからのクルマは
どこを目指して走っていくのだろうか?
オリジナリティに挑みつづけてきた
3人のスペシャリストが、
三菱自動車のクルマづくりの現在、
そして未来を語ります。

三菱自動車のEVに欠かせない、
もうひとつのキーテクノロジーがある。

半田三菱自動車ではいまEVが脚光を浴びていますけど、それを支えるもうひとつ大切なキーテクノロジーがありますよね。S-AWC(Super All Wheel Control)です。
百瀬そうだね。では、そっちの話から始めましょうか。これは澤瀬さんに語ってもらわないと。
澤瀬なるほど。まず、三菱自動車のSUVの源流となる技術に4輪駆動(4WD)があります。この4WDでエポックとなったクルマが1982年に発売された初代“パジェロ”ですね。私も入社して最初に買ったクルマがこの“パジェロ”で、あの時の感動はすごかった。でも、「走り」は新次元だったのですが、「曲がる」「止まる」というパフォーマンスにはまだまだ不満があって「これはどうにかしなければ」と考えたわけです。
百瀬そこから生まれてきた発想が、4輪を駆動させるだけでなくて、4輪をいかにコントロールするかという4輪制御(AWC)という技術ですね。
澤瀬ええ、さらにはブレーキまでも統合的に制御しようというチャレンジからたどり着いたのがS-AWCなのです。
百瀬AWCの開発が始まったのが1990年代前半で、初めてS-AWCという名称を使ったのは2007年の“ランサーエボリューションⅩ”。その頃から三菱自動車のエンジニアがずっと磨きつづけてきた技術なわけですよね。
澤瀬私自身が目指したのは、どんな人でも上手に、気持ちよく、安心して走らせることのできるクルマ。ロボットアニメに登場するモビルスーツみたいに、自分の体と一体化させたように操作できるクルマが理想なのです。
半田その頃私はまだ学生で、そんな新しい制御技術にチャレンジしてみたくて三菱自動車を志望したのですよ。
澤瀬あれ、君はそんな若かったのか(笑)。
半田それからもうひとつ、入社試験の面接の時にチャレンジしてみたいと話したのがEVなのです。
百瀬そうそう、半田さんは入社して最初の配属がEVの開発グループだったのだよね。

なぜ諦めることなく、
EVに挑みつづけてきたのだろうか?

半田私が入社してEV開発グループに加わったのが1994年。あの頃がEVの黎明期だったように思います。
澤瀬いや、もっと遡ってスタートは1960年代でしょう。
百瀬当時、クルマの排気ガス規制が世界的に急激に厳しくなって、その対策として電力会社と共同開発という形で着手したのが始まりだったと聞いています。その後、紆余曲折はあったにせよ、三菱自動車は諦めることなくずっとEVの開発に挑んできたわけです。
半田1994年の東京モーターショーでは、当時としては革新的だったPHEVを発表しています。現在の“アウトランダーPHEV”の元祖のようなクルマですね。
澤瀬なぜ、そこまでEVにこだわりつづけてきたのだろう?
半田ひとことで言うならばEVの未来を確信していたエンジニアがいたということでしょう。4輪それぞれにインホイールモーターを載せた“MiEVエボリューション”という試作車がありましたよね。あれを開発して初めて運転した時、異次元のスムーズな感覚に「おっ、これは!」と直感したのです。社内のエンジニアの間でも評価が高かったですね。
百瀬EVは、最初に話があったS-AWCともすごく親和性が高いのですよね。コントロールの自由度が大きく広がります。
澤瀬それから応答性も桁違いに速くなる。さっき私が話した理想のクルマにさらに近づくことができるのです。
半田このキーテクノロジーであるEVとS-AWC、それが見事に融合されたのが現在の三菱自動車のフラッグシップ、“アウトランダーPHEV”というわけなのです。

“アウトランダーPHEV”が体現する
これからのクルマづくり。

半田この“アウトランダーPHEV”の先行開発では、百瀬さんがプロジェクトリーダーを務めましたね。
百瀬みんな尻込みするので私がやることになったのです(笑)。このプロジェクトがチャレンジングだったのは、最初は試作的だったにもかかわらず量産を想定していたところ。各部門からエンジニアが集結し、なかでも中心的な役割を担った一人が半田さんでしたね。
半田この開発の基盤となったのは、私がずっと携わってきた“i–MiEV”のEV技術。あくまでもEVをベースにしながら、EVの短所である航続距離をいかに延ばすかが最大のテーマでした。そこが“アウトランダーPHEV”と、他社のハイブリッド車との大きな違いだと思います。
百瀬日常はEV、週末にレジャーに出かけるときにはハイブリッド。社内向けにつくった企画書では、こんな使い方を提案しました。
澤瀬「理想的なクルマの使い方ってどんなスタイルだろう?」とか、あの時はみんなで熱く議論しましたね。
百瀬そんなこだわりが非常に高く評価されて、“アウトランダーPHEV”は独自のポジションを獲得しつつあるわけです。このクルマで私たちが実現したSUVとEVの融合は、これからの三菱自動車のクルマづくりのひとつのキーワードになると思います。
澤瀬同感です。その思想は、2017年の東京モーターショーで発表されたコンセプトカーでも明確に表現されていますね。私は、これからのクルマの方向性のひとつに、いつでもどこでも思いのままに移動できるパーソナルモビリティがあると考えています。それを実現するためにもSUVとEVは欠かせないキーワードになります。
半田一方でEVが進化していくと、走っている時ばかりでなく止まっている時にどのように社会と関わるかという「V to X(Vehicle to Everything)」という発想も重要になってきます。クルマに求められる価値そのものも変化していく可能もありますね。

オリジナリティ、そして挑戦。
このDNAを伝えていきたい。

半田“アウトランダーPHEV”は今でこそ高い評価を得ていますが、発表したての頃はかなり驚きの目で見られていましたね(笑)。他社のエンジニアから「よくここまでやったね」と言われたことを憶えています。
百瀬私も同じように言われた記憶があります(笑)。でも、彼らの言葉には「チャレンジできていいね」という半分羨望もあったように思いますね。
澤瀬“アウトランダーPHEV”ばかりでなく、これまでの歴史を振り返ってみても、オリジナリティにこだわったクルマが数多くありますよね。それが三菱自動車のDNAなのですね。私たちはけっして大きな自動車メーカーではありません。だからこそ、独自の存在価値、ブランド力を追求していかなければならない。それはこれから未来も変わりがないと思います。
百瀬確かに。ルノー・日産アライアンスにおいても三菱自動車にはそんなオリジナリティを求められていると私は感じています。このアライアンスによって基盤が安定すれば、エンジニアにとってさらにチャレンジしやすい環境が整うはずです。
半田最後に技術の進化で大きな役割を果たしてきたレースの話を少ししましょうか? この話は百瀬さんかな(笑)。
百瀬三菱自動車は、WRCをはじめ世界的なラリーレースに果敢に挑み輝かしい成果をあげてきたことは広く知られていますよね。じつはその姿勢はEVやPHEVの時代になっても変わることなく、米国でのレースや欧州でのラリーなどに積極的に参加しています。それはなぜかということなのですよね。
澤瀬その理由は過酷な環境にチャレンジすることによって技術を、人材を育てていこうという一貫した思想ですよね。レースという最前線での経験からオリジナリティあふれる発想も生まれてくるのです。
半田そんな三菱自動車のDNAをこれからの若い人たちにも伝えていきたいですよね。澤瀬さんがさっき話したように、私たちは大きな自動車メーカーではありません。けれども、それだけに一人のエンジニアが全体を見渡したクルマづくりを経験できるし、しっかりした意志さえあれば独創的な開発にチャレンジできる会社だと思います。
澤瀬若い人たちへのメッセージということでは、先ほどから電気や制御の技術ばかりが話題になっていますが、電気系だけでなく、ぜひ機械系の人たちにもチャレンジしてほしい。いつの時代になっても工学はクルマづくりの基本なのですから。
百瀬それを言うならば、技術系ばかりでなく事務系の学生たちにも伝えたいですね。社会インフラとのつながりなど、これからのクルマづくりには新しい独創的な発想が必要です。活躍するチャンスが無数であることは技術系も事務系も変わりありません。前例にとらわれない、自分の力で新しいものに挑んでいこうという人にとってはとても魅力的な会社です。