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ラリー参戦で確信できた電動車(EV/PHEV)のポテンシャル

広報部
増岡 浩

パリダカで日本人初の総合優勝2連覇を果たしたラリードライバー

先行技術開発部
田中 泰男

WRC・パイクスピーク等のスプリントラリーを主に担当していたエンジニア

ラリーアートビジネス推進室
大谷 洋二

当時モータースポーツ活動のプロモーションを主に担当

WRCからは2005年シーズンを最後に、ダカール・ラリーからは2009年を最後に撤退した三菱自動車が自動車競技の世界に戻ってきたのは2012年。米国で100年以上の歴史を持つ、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム(以下:パイクスピーク)にEVで3年連続で参戦しました。
「その目的はWRCやダカール・ラリーとは大きく異なっていた」と話すのはラリーアートビジネス推進室の大谷洋二。
「WRCやダカール・ラリーではラリーの最前線で開発を重ね、そこで得た技術やノウハウを市販車に投入し、市場からのフィードバックを競技車両の開発に活かすというサイクルを回していました。しかし、パイクスピークへの参戦は、当社が2009年に世界に先駆けて発売した量産EV技術を検証することが目的でした。」
ヒルクライムは山岳コースで、誰が一番早く山頂に辿り着けるのかを競うレース。当時、EVは力が無い、遅いといったイメージがあり、我々のEV技術の性能を検証するとともに、そうしたイメージを払拭したいという狙いもありました。
ダカール・ラリーで活躍した増岡浩がチーム監督兼ドライバーを務め、参戦1年目からEVクラスで優勝争いを演じ、2位という好成績をおさめました。また、北米向けの市販車と同じ仕様で出場した、ベッキー・ゴードンもクラス6位で完走しました。増岡はEVのポテンシャルを実感できたと振り返ります。
「山岳コースを『i-MiEV Evolution(アイ・ミーブ エボリューション)』*1で走るのは初めてでしたが、最高に気持ちが良かった。モーターならではの瞬発力やレスポンスが素晴らしく、EVのポテンシャルを実感しました。パイクスピークのゴール付近は標高4,300mに達するため、平地と比べて空気が4割ほど薄い。エンジン車だと出力が下がりますが、モーターはその影響をまったく受けません。EVならではの力強く静かな走りを堪能できました。」

『i-MiEV Evolution』(2012年PPIHC参戦車両)

その後、当社はマシンを進化させ、3年目には電気自動車改造クラスで1、2位を独占。エンジニアとして参加した先行技術開発部の田中泰男は当時の戦略についてこう語ります。
「1年目は量産しているバッテリーをそのまま使ってポテンシャルを把握。2年目は量産ユニットの限界まで出力を上げ、3年目は将来に向けて開発しているモーターなどを使って挑戦しました。さらに、S-AWC(Super All Wheel Control)のシステムも導入して内外輪を制御し、旋回性能を格段に向上させることができました。」
2位入賞を果たした増岡は、EVやPHEVなどの電動車両の技術開発において、パイクスピーク参戦が果たした役割はとても大きかったと言います
「時速100kmに達するまでわずか2秒というEVならではの加速力と、コース中の156個もあるカーブのすべてで発揮した四輪制御の安定性は、ラリーでも十分武器になることが証明できました。私たちは3年間パイクスピークで戦い、最先端のEVレーシングマシンを開発する過程で、非常に高度な技術を多く学ぶことができました。」

『MiEV Evolution Ⅲ』(2014年PPIHC参戦車両)

*1 市販車の『i-MiEV』で使用しているモーターやバッテリーなどの主要な部品を搭載した、2012年のパイクスピークに出場したレース専用車。

PHEVは水に弱いというイメージを払拭

さらに当社は『アウトランダーPHEV』のポテンシャルを実証するために、2013年にアジアクロスカントリーラリー(以下:アジカン)に参戦しました。その舞台はタイ。ビーチリゾートであるパタヤをスタートして、6日間で約2,000kmを走破し、ラオス南部の都市パクセでフィニッシュするという、山岳路、密林地帯、泥濘路、川渡りなど、変化に富み、耐久性と走破性が問われる過酷なコースで競われました。四輪部門には20台が参戦しましたが、電動車での出場は『アウトランダーPHEV』のみ。セレモニアルスタートで、EV走行モードで静かに走り出した『アウトランダーPHEV』は、今までの激しいラリーのイメージを持っていたパタヤの観衆を驚かせました。ピックアップやクロスカントリー4WDに対し、相対的に最低地上高の低い『アウトランダーPHEV』にとっては非常に厳しいコースでしたが、総合17位で無事完走を果たしました。PHEVシステムとツインモーター4WD/S-AWCには一切のトラブルがなく、その信頼性を実証。車体を泥水に沈めながら疾走する姿は、EVやPHEVは水に弱いというイメージを払拭しました。
アジカンでは3年連続で参戦し、完走。さらに、『アウトランダーPHEV』はオーストラリア西部のパース~カルバリで開催されたクロスカントリーラリー、オーストラレーシアン・サファリ2014にも参戦。総走行距離約3,529kmの過酷なコースを57時間49分14秒で完走し、総合19位、クラス優勝を果たします。2015年にはポルトガル東部ポルタレグレ県で開催されたバハ・ポルタレグレ500(以下:バハ)に参戦し、総走行距離約700kmのオフロードコースを走破しました。
こうしたラリーへの参戦では、電動車の市場投入に向けた実証や、信頼性を高めるという当初の目的も果たせましたが、ここでも大きな成果となったのが人材育成です。
当社はラリーへの参戦から遠ざかっていた時期が長かったこともあり、WRCにも参戦した経験のある田中にとって、若手への技術継承は大きな課題でした。
「パイクスピークもアジカンもバハも、基本的にメカニックは量産車に携わっている若いエンジニアが担当しました。明日の朝までに対応しなければいけないというレースの世界では、自分に関係のないところもカバーしながら作業を行っていきます。チームになってやり遂げることの大切さを学んだことで、すごく成長したと思います。」
チーム監督として増岡も「ラリーは技術を磨く場でもある」と話します。
「自分たちで開発した技術を自身でハンドルを握って確かめてみたいと思う、そうした職人魂を身につけることもできます。ラリーで得た貴重な経験を、お客様に安心して乗ってもらえるクルマづくりに活かしてほしいと、心から思いました。」

『アウトランダーPHEV』ラリー車
(2015年AXCR参戦車両)

『アウトランダーPHEV』ラリー車
(2015年Baja参戦車両)

タイを舞台に新しい物語が始まる

2022年、当社は「チーム三菱ラリーアート*2」を技術支援し、1トンピックアップトラック『トライトン』でアジカンに参戦します。ASEAN特有の高温多湿な気候と山岳や密林を中心とした過酷なオフロードコースを舞台に、堅牢なボディとシャシー、そして優れた操縦安定性と悪路走破性といった、当社の強みをさらに磨き上げるのが目的です。大谷は実証実験が目的だったPHEVでの参戦とは違うと意気込みます。
「今回はより高い技術を磨き上げ、厳しいレースで結果を残し、そこで得た技術を市販車にフィードバックするのが目的です。一般のお客様が数ヶ月や数年、もしくは数万キロ使ってかかるような負荷を、ラリー競技では短期間の一回のレースで与えることになる。ほんの数日間の勝負で得られた弱さ・強さを次の商品開発にどんどん反映させていきたいと考えています。」
総監督を務める増岡も準備に余念がありません。
「当社は長年にわたりWRCやダカール・ラリーなどに参戦し、それぞれで頂点を極め、どんな天候や道でも安心して楽しめる三菱自動車らしい走りを実現させてきました。今回の技術支援という形でのアジアクロスカントリーラリーへの挑戦は、アセアンでの主力商品であるピックアップトラックやクロスカントリーSUVの商品強化に繋がる活動です。」
『トライトン』競技車はタイ仕様のダブルキャブをベースに、ハンドリング性能や悪路操作性を大幅に向上させています。ここから三菱自動車とラリーアートの新しい物語が始まります。

『トライトン』ラリー車(2022年AXCR参戦車両)

*2 WRCやダカール・ラリーという厳しいフィールドで、その走りを、その技術を鍛えてきた三菱自動車のヘリテージブランド。