見上げるプロジェクト とても静かな場所

様々なジャンルのゲストを迎え,星空への「想い」にフォーカスを当てるインタビュー。

子供の頃の感動を今も追い続けて世界へ! プラネタリウムの星空が世界各地の旅へといざなう

PROFILEおおひら・たかゆき

1970年,神奈川県川崎市出身。小学生の頃からプラネタリウムの自作に取り組む。1998年には従来の100倍以上の星を映し出す「MEGASTAR(メガスター)」を発表。2005年に大平技研を設立し、従来のプラネタリウムメーカーの枠にとどまらない、幅広い活動を続けている。

大平貴之 プラネタリウム・クリエイター

「夜光塗料を紙に塗って、直径5mmほどの小さな円形に切り取り、それをオリオン座の配列で部屋の壁に貼ってみた。それがすべての始まりだった」。

プラネタリウムを作りはじめたきっかけを、自身の著書『プラネタリウムを作りました』の中でこのように述懐している。

「生まれついての理系人間」。

自らをそう評する大平さんが、星に興味をもったきっかけは小学生の頃の理科。カリキュラム全体が好きで、科学実験が大好きで、花火やロケットや、さまざまな興味あるものの中の、星はその1つだった。

そんな好奇心旺盛な少年期に訪れた近所のプラネタリウムで、映し出された星空よりも、むしろ部屋の真ん中に据えられた投影機に心を奪われた。

「星空でお客さんを包み込んでいる。それが子供心にもとても魅力的に見えた」。

かつて子どもたちが王や長島のホームランに心をふるわせ、プロ野球選手に憧れたように、いつかはああいったものを自分でも作ってみたい。言葉ではうまく言い表せない、そんな強い憧れが大平さんの中に芽生えた瞬間だった。

プラネタリウムメーカーは、世界的に見ても片手で数えられるほどしかない。そして、カメラをはじめ光学系技術に優れた日本にはそのうちの2社が、昔から存在する。

しかし、インターネットも何もない時代の話だ。大平さんが憧れた、本格的なレンズ式投影機の作り方はどこを探しても文献など見当たらない。もちろん企業にとってもそのノウハウはトップシークレットだ。

小学6年生の時に書いたレンズ式投影機の設計図。

小学6年生の時に書いたレンズ式投影機の設計図。

中学生時代も、失敗を繰り返しながら独学でプラネタリウム製作を続け、高校1年生のときにレンズ式よりは簡便なピンホール式の自作1号機が完成。高校の文化祭で披露する。これが観客にも好評で、人に楽しんでもらえることの喜びを強く感じるようになった。すぐに次号機への改良に取りかかる。

翌年、オーストラリアへ天体観測に出かけた。そこで大きな転機を迎える。本来の目的だったハレー彗星よりも、日本では目にすることのできない天の川の姿に圧倒された。

「想像を絶する星の数で、天の川が、そして南十字星がまるで手が届きそうなほど立体的に見えた」。

中学2年のとき、富士登山の7号目で生まれて初めて見た天の川の姿よりも、圧倒的な数の星空に、将来目指すべきプラネタリウムの姿を思い描いた。

プラネタリウムへの一途な思い

MEGASTARから投影される、本物かと思うほど精巧な星空をバックに。

MEGASTARから投影される、本物かと思うほど精巧な星空をバックに。

「学生時代にレンズ式プラネタリウムを完成させることは、自分の生き方として決まっていた。単純に作りたかった、それだけですね」。

なぜそれほどまでにプラネタリウム作りに情熱を注いできたのかという問いかけに、大平さんは事も無げにそう答えた。

プラネタリウム作りには広範な知識が必要だ。電気工学、機械工学、光学、ソフト設計・・・それを学生のうちにいかにして身につけるかが課題だった。苦手な電気分野の知識を習得するため、わざわざ大学を1年休学し電器メーカーでアルバイトをはじめる。

そこでは回路設計から配線の束ね方1つにはじまり、電気に関することにとどまらない、仕事の進め方から評価の仕方までプロの仕事を垣間見ることができた。これがプラネタリウム完成へ向けて大きな原動力となる。翌1991年、個人製作としては前代未聞のレンズ式プラネタリウム「アストロライナー」が完成をみる。母校である日大生産工学部学園祭で公開され、それは大きな話題を呼んだ。しかし、大平さんはこう振り返る。

「学生の頃はプラネタリウムを仕事にしようと考えたことはなかった。したいという意志もなければ、作ったところで売れるとも思っていなかった。あったのは、製作過程で得た知識は将来、何らかのかたちで役立つだろうという漠然としたイメージくらい」。

大学院へ進んでからもプラネタリウム製作を続けた。そして、卒業後、大手家電メーカーへと入社する。

「自由闊達なイメージで、これまで培った知識を生かしてもっと別のものを作りたい、そう思った」。

しかし、配属されたのは生産設備部門。花形部署に配属され、休日返上で多忙な同期に比べると、週休2日、土日は時間の余裕があった。その上、社会人として定期収入が得られるようになり、学生時代にあれほど苦労した材料費がコンスタントに手に入るようになった。

「It's my hobby」が仕事になった瞬間

ちょうどその年、世界各地で開催されているIPS(国際プラネタリウム協会)コンファレンスが大阪で開催されると知人に誘われ、学生時代に作ったものを発表する機会を得る。

「すごい反響でした。なぜこんなにすごいものを作っているのに製品にしないんだって。うちで製品にしたいって、海外からラブコールが寄せられてくる。そうか、自分のやっていることには商品価値があるんだって、そのときはじめて気づいた」。

発表の最後に、これは企業ではなく個人の趣味で開発したものだと話すと、「It's my hobby」と通訳が流れ、会場は爆笑の渦に包まれたという。

「そのとき、2年後にロンドンで開催されるIPSコンファレンスに向けて、新しいものを開発しようと心に決めた」。

SUPER MEGASTAR-II。MEGASTARシリーズで最多となる2200万個の星を投影するフラッグシップ機。

SUPER MEGASTAR-II。MEGASTARシリーズで最多となる2200万個の星を投影するフラッグシップ機。

これをきっかけに「MEGASTAR」が誕生する。当時のプラネタリウムが投影できる星の数は数千個から最上位機種でもせいぜい2~3万個だったが、大平さんの作ったMEGASTARは170万個で、ケタ外れの性能だった。

2年後のロンドンで発表されたそれは大きな話題となった。そのうちテレビなどにも紹介されるようになる。

「社内でもなんだかうちに面白いことやっているのがいるらしいと、偉い人の目にとまって、実はプラネタリウムを作るプロジェクトを任された。リサーチもプレゼンもやったし、試作機も作った。最終的に大企業では採算が合わないという結論に至ったが、社内人脈も広がり、それは独立した今も大いに役立っている」。

2003年に退社し、フリーランスのクリエイターになる。翌年には日本科学未来館と共同開発した、投影星数560万個の「MEGASTAR-II cosmos 」がギネスワールドレコーズに認定された。愛知万博をはじめとした各地での移動公演の他、松任谷由実をはじめとするアーティストとのコラボレーションなども積極的に行った。コーヒーのCMでは“違いを楽しむ人”に扮し、著書がドラマの原作にまでなった。大平さんは時代の寵児となり、プラネタリウムの世界に新たな可能性を切り開いた。

宇宙のスケールを、そして今存在する奇跡を感じること

主に製品の部品作りや実験が行われる工作室。ここから世界に賞賛されるアイデアや技術が生み出されていく。

30年以上も燃やし続けた情熱が昇華し、ひとつの完成を見ているように思える。

「自分としても、けっこういろいろやってきたなと思うんです。ボクは技術者ですから、プラネタリウム以外の、新しいことにトライしてみたい思いもある。でも、後進の育成や会社としてはやらなきゃいけないことはまだまだあるし、世界各地のいろんなところの需要に応えていかなきゃならない、まだまだ発展途上です」。

今、大平さんの手がけたMEGASTARはタイやインド、アメリカ、アルゼンチン、エストニア、ポーランドなど、世界各地の科学センターなどに導入されはじめている。

「プラネタリウムを本物の星空の代わりだという人もいますが、そうではなくて星空の動きや現象を再現することによって学習することもできますし、瞬時に世界各国へ移動して、実際には行くことができない場所での天体観測を擬似体験することもできる。
それによって、星に興味をもってもらえたり、もっと言えば、宇宙全体のスケールというものを伝えられること、感じてもらえることに意味があるかなと」。

宇宙にはこの銀河系だけで2000億以上の恒星があり、太陽でさえもその規模でみれば小さな星屑の1つにしかすぎない。そして、それだけたくさんの星が存在するにも関わらず、文明がある星はまだ地球以外には見つかっていない。

「そんな奇跡を感じてもらえる、プラネタリウムがそのきっかけになればいいなと思っています」。

見上げた星空に想うこと

大平さんは就職活動のとき、実は自動車メーカーも受けたそうです。「当時の集団面接でひとり電気自動車をやりたいと言って浮いていた。でも、ようやくその時代がやってきた。これから我々は、ライフスタイル、環境問題においてイノベーションを打ち出していく必要がある」。その1つとして石油や石炭を燃やす社会からの卒業を考えていかなければならないと、エネルギー問題にも造詣が深い大平さんは穏やかに、しかし力強く話されます。

この星空が、百年後の未来も今と変わらず輝いていてほしい。

Drive@earth

オススメの記事

      とても静かな場所 Archive

        見上げるプロジェクトとは

        ふと星空を見上げれば、誰かのことを思ったり、
        地球の大きさに思いを馳せたり、これからの未来のことを考えたり...。
        太古の昔から瞬き続ける星空は、とても多くの想いを私たちに届けてくれます。

        そんな星空が、百年後の未来も今と変わらず輝いていてほしい。
        今よりもきれいな星空であってほしい。
        そんな願いをこめて、「見上げるプロジェクト」を始めます。

        このプロジェクトでは、Drive@earthの約束のもと、
        これからのクルマ・人・地球の百年に挑戦し続ける三菱自動車が、
        星空を見上げる人々の想い・体験をとおし、
        あなたと地球が対話するきっかけを作っていきます。

        今晩ちょっとだけ星空を見上げてみませんか?