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パリ〜ダカールラリー | ||
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女性ドライバー初の総合優勝
そして奪われた勝利。波乱の新世紀パリ〜ダカール
栄光のラックローゼにゴールしたクラインシュミットは言った。「信じられない。夢のようです。まだ信じられない。昨夜はよく眠れませんでした。胃はキリキリ痛んで、いっそすべてを投げ出してしまおうかと思いました。もちろんマスオカにも申し訳ない気持ちがありましたが、自分の優勝のチャンスを選ばずにはいられませんでした。パリダカ優勝が女性で初めてだということはさほど私には重要ではありません。女性であろうがなかろうが、私は一人のドライバーだということです。三菱がチームオーダーを出さなかったのにも感謝しています」
公式なチャンピオンとして祝福されるのがクラインシュミットだとすれば、もう一方の“真のチャンピオン”は言うまでもなく増岡だと多くのプレスは報道した。増岡はその素晴らしいスピードとテクニック、勝利への情熱でパリダカを見るファンをくぎ付けにした。砂地の特設SSでは三菱パジェロの特長を存分に見せSS首位を勝ち取り、初の総合トップとなる。そして、モーリタニアに入り砂丘の戦いになると、増岡のドライビングは冴え渡った。今大会最大の難所、ティジクジャのループSSでは後続に大差をつける活躍。最後の砂漠ステージではパジェロよりも約600kgも軽量のプロトバギーのシュレッサーとのデッドヒートを制しての勝利など実に合計5回のSSトップタイムを記録した。そして第17レグでは奇跡の“27台抜き”を見せたのだった。「マスオカ」は今日はどんな走りを見せるのか?最後は誰もが増岡の走りを心待ちにするようになった。しかし、ライバルチームのアンフェアな行為と後に発覚する主催者の走行時間の計時ミスにより惜しくも総合2位となった。 しかしその果敢な走りは海外のジャーナリストから絶賛され、各国のメディアに取り上げられ"サムライ・マスオカ"と大きく報道された。 パリダカを制するにはスピードも重要だが、安定して走り続けることも同じぐらい重要だ。篠塚建次郎、フォントネらパリダカ優勝経験者(各々97年、98年)の彼等らは、突然のトラブルで大きくタイムロスしたが、クラインシュミットには大きなロスがなかった。終盤は総合3位を目指し、リスクを避け堅実に走り続けたのがこの日の勝利につながった。しかし、スピードに欠けていたわけでもない。シュレッサーの執拗な抗議によるペナルティーで一時順位は下がったが、SS9では堂々のトップタイムでゴールしている。クラインシュミットは堂々優勝に値する素晴らしいドライバーである。 史上稀にみる激戦の中、毎日の総合首位は7回も入れ替わった。その中で増岡はすさまじいプレッシャーにうち勝って、第3レグおよびラリー後半の9日に渡って首位を保ち続けた。連日のシュレッサーらとの闘いの模様は各国に報道され、「マスオカ」の名前は世界中に知れ渡った。日本にパジェロの「マスオカ」がいることを新世紀パリ〜ダカールが証明した。 総合成績
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