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パリ〜チュニス〜ダカールラリー![]()
信頼性の高さを実証 この年は、パリダカのアフリカの玄関がこれまでのアルジェ(アルジェリア)からチュニス(チュニジア)へと変わり、パリダカが初めてリビアの地を訪れた。この年三菱は6台のワークス・パジェロを投入し、アンドリュー・コーワン、ピエール・ラルティーグ、篠塚建次郎、ジャン・ピエール・フォントネ、そして元F1ドライバーのパトリック・タンベイらが乗り込んだ。パジェロは前年に大きく改良されたマシンを熟成し、トランスミッションが4速から5速に変更され、エンジンパワーが有効に生かされるようになった。この年のパリダカ14,000kmは未開の地が多く、新たな冒険を生み出したことは、パリダカの本来の姿を思い起こさせた。プジョー初参戦の1987年から連年続く三菱とプジョーとの激しい優勝争いはこの年も展開され、プジョーは87年の優勝者アリ・バタネンやル・マン24時間レースの王者ジャッキー・イクスなどスタードライバーを擁し、三菱パジェロと激しく競り合った。ここまで2年連続でプジョーの後塵を拝している三菱にとって、この年はぜひとも優勝を目指したが、現地で調達した粗悪ガソリンの影響によるトラブルの頻発で、思うようにタイムが伸びず、苦しむこととなった。この結果、プジョー勢の追撃かなわず、タンベイの総合3位が三菱勢の最上位となったが、タンベイに次いでタイスターマンが5位、篠塚が6位、フォントネが7位、ダ・シルバが10位でゴールし、トップ10に三菱パジェロが5台入る完走率の高さを記録した。高い信頼性。これは道なき道を10,000km以上にわたり駆け抜けるパリダカでは、スピード以上に重要視されることである。"壊れないパジェロ"のイメージは、6年に及ぶパリダカ参戦を通じて広く浸透し、T1(市販車無改造)部門、T2(市販車改造)部門では、パジェロは常にトップの地位を走りつづけている。 総合成績
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